企画展・特別展

区制施行80周年記念企画展 葛飾区80年 町・暮らしの移り変わり


昭和40年代 西新小岩

葛飾区は昭和7年(1932)、それまでの東京府南葛飾郡下の七か町村がひとつになって誕生した自治体です。
当時、まだ農村の景観が残っており、人口は84,726人に過ぎませんでした。

この企画展は、区制施行80周年という節目に当たって、都市近郊農村であった葛飾区が、どのように都市化してきたのかを振り返り、そのようすを物語る写真やゆかりの資料を紹介していくものです。

基本情報
会場
葛飾区郷土と天文の博物館
会期
平成24年7月28日(土曜日)から9月9日(日曜日)
開館時間
午前9時から午後5時(金曜日・土曜日は午後9時まで開館)、入館は閉館30分前まで
休館日
月曜日(祝日は開館)、第2・4火曜日(祝日は開館し翌日休館)
入館料
大人100円、小・中学生は50円(土曜日は中学生以下無料)、20人以上の団体は2割引
観覧料
無料
展示の主な内容
1 「やっから」から開発が始まった

昭和11年 水元公園

昭和初期、葛飾区のあちこちに池や沼、湿地などの原野が残っていました。これらの場所は「やっから」と呼ばれ、かつては生活や生業の資源として利用されていましたが、時代の移り変わりのなかで、次第に利用されなくなり、工場などの用地として利用されるようになりました。葛飾区の都市化はこうした「やっから」から始まったのです。
葛飾区の近代の変化のゼロポイントともいうべき「やっから」の環境とその利用のありかたを見て行きます。

2 葛飾区が誕生した

昭和7年10月1日 葛飾区誕生の祝賀風景

昭和7年、南葛飾郡水元村、金町、新宿町、亀青村、南綾瀬町、本田町、奥戸町が合併をし、「葛飾区」が誕生しました。当時の葛飾区の暮らしぶりを物語る写真や資料を紹介していきます。
農村の日常生活は江戸時代から伝わる社会組織によって支えられ、豊作を祈る祭りが行われていました。また優良な生鮮野菜が作られ東京都心部に出荷されていました。こうした農地にも昭和初期になると、開発しやすく東京都心に近いことから、大きな工場が建てられるようになりました。それらの工場で働く人たちが集まる町が金町、亀有、四ツ木など鉄道の駅の周辺に出来てきました。



3 ものつくりの時代

昭和27年 新四ツ木橋渡り初め

戦後、葛飾区には金属工業、玩具産業、鉛筆工場、繊維工場などが増えました。こうした工場は、大きな企業の下請けとしてその後の日本の高度経済成長を支え、日本の復興の礎となりました。
葛飾区のものつくりの代表的な分野であるセルロイド工業や玩具工業などを中心に紹介していきます。



4 楽しく、賑やかだった商店街

新小岩駅南口江戸川区方面を望む

昭和30年代から40年代にかけて、亀有・金町・立石・四つ木・新小岩などの商店街は買い物や娯楽のために集まる人たちで大いに賑わいました。人であふれ、活気に満ちていた商店街のようすを当時のチラシを通じて見ていきます。



5 変わる暮らし

昭和50年代 新宿交通公園付近

昭和30年代から50年代にかけては電化製品が、昭和60年代から平成にかけてはコンピューターが家庭の中に入り暮らしを変えてきました。むかしの扇風機、冷蔵庫、ワープロなど暮らしを変えた電化製品を紹介しながら当時の世相を振り返ります。