<前へ 画像(1/1) 次へ>

画像をクリックすると拡大表示します

番号
sym013
資料名
水戸街道石橋供養道標 1基  
資料名(よみ)
みとかいどういしばしくようどうひょう
作家/製作者
石工 当町 中村佐右衞門
材質
小松石
法量
地上高さ80  中33  厚さ30 (cm)
解説
 水戸・佐倉両街道の分岐点に立つ道標です。この地域の万人講、不動講、女中講の人々は、安永2年(1773)から5か年を費やし27か所の石橋を架けました。これはその供養のため、不動明王像と道標を、この町の石工中村左ヱ門に造らせたものです。当時27か所もの石橋を架けることは、協同事業とはいえ大変な大事業であったと思われます。また今は無くなってしまいましたが、この道標(竿石)のうえに不動像を安置していました。
 新宿町は水戸・佐倉街道の分岐にある宿場町で、千住から1里余り中川を渡った辺り(葛飾区新宿二丁目20番25号)で水戸街道は金町へ(水路に沿った道を左に)、そして佐倉街道は上小岩へと向かいます(現在の水戸街道を越えて左に入る)。この佐倉街道は参勤交代に利用されただけでなく元禄(1688)以降、民間の信仰が盛んになると、成田山新勝寺や千葉寺参詣の道としても利用され成田道、千葉寺道と呼ばれるようになりました。