郷土と天文の博物館ブログ

天文と気象 天体観測に適した季節

令和4年9月10日
はじめに

天体観測はお天気が良いことが前提です。みなさんも星や月を観測する前には、天気予報や星空指数をチェックするのではないでしょうか。

それでは、天体観測に適した季節はいつでしょうか?春?夏?秋?冬?
そんな素朴な疑問を、「気象」をご専門とし、葛飾区の気象防災アドバイザーとして活動されている矢野 良明(やの・よしあき)氏に投げかけてみました。

さて、どんなお話になるでしょうか。

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天体観測に適した季節

葛飾区地域振興部 危機管理課 防災専門職員/気象庁OB/気象防災アドバイザー 矢野 良明
※「地元の気象に精通し、地方公共団体の防災対応を支援することができる人材」として国土交通大臣が委嘱した方。

私にとって"天文"は、他の科学分野と同様に興味があるといった程度、"ずぶの素人"です。ただ、"気象" "お天気"については長年携わってきており、今も気象防災アドバイザーとしての活動をしています。

この度縁があって、郷土と天文の博物館から"天文"を"気象の立場"から眺めるとどんなことが語れるのか、という"お題"を頂戴いたしました。これにチャレンジしてみたいと思います。

先ず、星々を観察するには夜空に雲がないことだと考え、30年間の気象データを用いて、東京21時における"快晴日数"をカウントしました(グラフ1)。全天を10として雲の占める面積の割合を"雲量うんりょう"と呼びますが、"快晴"とは雲量1以下を指します。

 

グラフ1 "21時の快晴"日数(東京)

1991年から2020年まで(30年間)に、東京で21時に快晴だった日数

1年を通じてみると快晴の日は、予想どおり冬が多く夏は少ない、特に梅雨の時期にあたる6月から7月の快晴は極めて少ないことが分かります。

このグラフ1から、博物館の方に天体観測は冬がよいですねとお伝えしたところ、"いや、冬場に天体望遠鏡で星を望むと揺らいで見えるので、春または秋の方がよい"と、私にとっては意外なお返事でした。

なぜ揺らいで見えるのでしょうか、それは地球大気に原因があるようです。冬になると日本付近では偏西風(ジェット気流)が強くなります。グラフ2に高層気象観測が行われている茨城県つくば市館野たてのの月別・高度別の風速を示しました。これによると12月の高度約12km付近で秒速約70mの風が吹いています。これは時速約250km、新幹線の速度に近い速さです。

ラジオゾンデの飛揚ひよう風景(気球の下にパラシュート、その下にラジオゾンデが吊るされている)
(出典:気象庁HP 高層気象観測

この風速の観測には、気球に吊るしたラジオゾンデ(気象要素を測定するセンサを搭載し、測定値を送信する無線送信機を備えている気象測器)が用いられ、1分間の平均値が用いられていますので、瞬間的にはこの値を中心に変動があります。このようなことから大気が乱れ、水平方向にも鉛直えんちょく方向にも密度差が生じます。また密度の変化が光の屈折率の変化となるので、星が揺らいで見えるようです。

ただ、観測には邪魔になる星の揺らぎですが、澄んだ冬の夜空に星が瞬きするのを見て、"Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are!"と問いかけたくなるのも、この揺らぎがあるからではないでしょうか。

グラフ2 各高度の風速(茨城県つくば市館野)

上空約15kmまでの各高度における風速 1991年から2020年まで(30年間)の平均

夏は大気中に多くの水蒸気を含みます。これにより冬の夜空に比べやや白っぽく見え、コントラストがないのではないでしょうか。地上から夜空に向かう光があると、特に感じるのではないかと思います。天文関係者はこれを"光害ひかりがい"と呼んでいると聞いています。大気中に微小な浮遊水滴や湿った微粒子により視程が1km以上、10km未満となっている状態を"もや"と呼びますが、この"もや"がかかったときに遠くにある光を思い出していただければ、納得できるのではないでしょうか。白っぽく見えるのは微小な浮遊水滴などが光を乱反射し、いろいろな色の光が混じり合うことで白になるためで、"もや"がかかっている夜空はより白っぽく見えます。

日の出(写真提供:白木友香)

上空に向かって薄くなる大気があるだけでも、天体から届いた光が屈折し、見かけの高度が真の高度より大きくなると聞いています。極端なところでは、日の出・日の入りのときは太陽が浮き上がって見えることから、日の出は2分ほど早く、日の入りは反対に2分ほど遅くなるそうです。
大気のほとんどを占める対流圏、およそ10km前後までは、通常上空に向かって温度は徐々に下がっていきますが、この温度の減少にムラがあると密度・屈折率にもムラが生じ、天体観測に影響を与えているようです。
同様の原因で生じる蜃気楼や陽炎かげろうが見られると、普段は見られない貴重な現象を見たということになるのですが・・・。

悠久の彼方にある星から、数十年、数百年もかけて地球にたどり着いた光を、地球を取り巻くわずか20kmから30kmの厚さの大気が邪魔しているようにも感じます。それゆえ、大気が薄いハワイ島の標高4,500mに建設されたすばる望遠鏡、大気圏よりもはるかに高い600kmの宇宙に打ち上げられているハッブル宇宙望遠鏡には重要な価値があり、大活躍しているようです。

天体観測で邪魔立てしている大気圏ですが、宇宙空間にある数多のチリの粒が大気と激しく衝突して、高温・気化することで一条に光り輝く流れ星として楽しませてくれると共に、大気は降り注ぐチリから地球を守っているようにも思います。また、水・水蒸気を含む大気は、私にとって興味の尽きない様々な気象現象を提供してくれるものなのですが・・・。

 

おわりに

いかがでしたか?
コロナ禍が長引き、博物館での星の観望会「星空散歩」を中止しているなか、みなさんのおうちやお出掛け先での天体観測にちょっとお役に立てたら...と思いついた企画でしたが、「気象」にまつわる興味深いお話をお聞きできました。日々の生活の中でお天気とはごく自然に関わっていますが、知らなかったことが多く目から鱗が落ちる思いでした。
このブログのお話は、気象庁OBであり、葛飾区地域振興部 危機管理課の防災専門職員で、気象防災アドバイザーでもある 矢野 良明 氏に寄稿していただきました。

「はじめに」と「おわりに」:博物館専門調査員(情報担当)

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