プラネタリウム

第55回 新しい宇宙線物理学の夜明け この宇宙を支配する見えざる物質と時空を伝う波

近年、新たな宇宙線観測実験が様々な場所で稼働し始め、新しい宇宙を観る眼となることが期待されています。 その1つが暗黒物質探索実験であり、もう1つが重力波検出実験です。
本講演では、「暗黒物質や重力波とは一体何か?」から始まり、 それらを観測することで宇宙の何が分かるのかを動画とプラネタリウムを使いながらわかりやすく解説をしていただきました。

概要

日時

平成22年11月20日(土曜日) 午後7時~8時30分

講師

伊藤 英男 氏 (東京大学宇宙線研究所 特任助教)

講演プログラム

伝統的な宇宙線物理学の概略

「宇宙線とは何か?」から始まり、宇宙線によって宇宙を観測することで、 人間の眼では絶対に知る事の出来ない宇宙の姿をお見せしつつ、簡単に宇宙線物理学の概略を解説します。

暗黒物質と宇宙の構造形成、そして検出実験についての解説

暗黒物質の基礎知識を知って頂き、その存在の間接的な証拠をご覧頂きます。 そして宇宙の構造形成に暗黒物質が深く関わっている事を理解して貰います。 また、それと同時に、暗黒物質の検出実験についても触れ、現在考えられている暗黒物質の正体について言及します。

重力波とその検出原理、宇宙の暗黒時代についての解説

アインシュタインの一般相対性理論によって予言される重力波現象について解説し、 「それがどのような検出原理で検出されるのか」、 「それを検出する事が出来るようになると、宇宙の一体何が分かるようになるのか」についてを説明し、 日本を含めた世界中の重力波検出実験装置を紹介します。 暗黒物質と重力波の研究はこれからの新しい宇宙線物理学を担っていく分野であり、 これからの10年間ほどで目覚ましい発展が期待されています。 是非この機会に次世代を担うこれらの研究分野の知識をお持ち帰りください。

質問と回答

ビッグバンとインフレーションでは、インフレーションの方が先に起きたのではないでしょうか?(Tさん 70歳男性)

ビッグバンをどう定義するかの問題で、実は研究者間でも共通認識が取れていません。 宇宙の始まり自体をビッグバンと呼ぶ人と、インフレーション後の再加熱された熱い宇宙をビッグバンと呼ぶ人が居ます。 ですので、啓蒙書等を書く人によって違う使い方をされてしまっているのだと思います。

ブラックホールの合体でも重力波は放出されるのでしょうか?(Tさん 70歳男性)

もちろん放出されます。講演でも少し触れましたが、小さな重力波であれば、手を振っただけでも放出されます。要するに質量の大小に関わらず、質量があるものが急激な運動をする(加速運動をする)と放出されます。しかし、ブラックホール連星の合体は、中性子星連星の合体に比べて起こる頻度が少ないため、今現在の主要な観測ターゲットにはなっていません。

銀河の衝突で、暗黒物質がすり抜けるとはどういうことですか? 反応しないということですか?(Yさん 57歳女性)

暗黒物質は、他の物質と反応を起こしづらいだけではなく、暗黒物質同士でも反応を起こしづらい性質を持っていることが、様々な間接的観測から判明しています。ですから、反応を起こしやすいガスはすり抜けることが出来ずに停滞してしまいますが、暗黒物質はそのまますり抜けてしまうのです。講演でも話しましたが、銀河団の構成要素である銀河も、そのほとんどがすり抜けます。こちらがすり抜ける理由は、銀河団内における銀河の密集度合いが非常に希薄なため、衝突することが稀だからです。

これから見つかる素粒子は?(Kさん ?歳?性)

あくまで理論予想でしかありませんので、必ずしも見つかるとは言えませんが、現在超対称粒子や、カルツァ・クライン粒子等の、存在していれば非常に重い素粒子が見つかる可能性があります。ただし、あくまで高エネルギー世界(宇宙初期)における物理法則が、我々理論物理学者の予想通りであれば、です。また、講演会での質疑応答の際にお伝えし忘れましたが、現在未発見であるにも拘わらず、必ず見つかるであろうと期待されている素粒子があります。それがヒッグス粒子です。ヒッグスは物質に質量を与える粒子であり、今現在の低エネルギー世界(冷えた宇宙)における素粒子の反応を極めて精密に記述している標準模型という理論内に登場する粒子です。標準模型はこれまでの実験を非常に正確に説明しているので、もし標準模型が正しいのであれば、ヒッグス粒子は存在しているだろうと考えられます。こちらはスイスで行われているLHC 実験で、数年のうちに発見されたとの報告がなされるのではないかと期待している素粒子物理学者もかなりの数になっています。

ブラックホールには光速度を超える程の重力場があるみたいなのに、どうやってガンマ線などが出ているのですか?(L.Kさん 17歳男性)

「光速度を超える重力場」ではなく、「光速を持ってしても脱出出来ないほど強い重力場」のことを言っているのだと思います。その前提で書きますが、ブラックホールに物質が落ち込む際、その落ち込んでいく物質同士がブラックホール近傍で高密度になり、そこで起こる反応によってエックス線などが放出されることが分かっています。これをジェットと言います。これはブラックホールに落ち込んだ後に外に脱出しているのとは異なり、落ちる前に遠くに放出されていっているものです。ですから、ブラックホールに落ち込んだものは二度と出て来れないことには変わりありません。また、こちらも質疑応答中にお伝えしなかったのですが、理論的にはブラックホールの周囲では、ホーキング放射と呼ばれる放射が起こっていると考えられています。これはブラックホールの周囲で起こる量子的な揺らぎによって生じると考えられている、粒子・反粒子対の生成に関係がある現象です。ただし、ホーキング放射を観測した人はまだ誰も居ないので、それが本当に起こっている現象なのかは疑問が残っています。特に、ブラックホール自体は量子力学的な取り扱いをしていない重力理論によって扱われているにも拘わらず、ブラックホールの周囲だけ量子力学的に取り扱っているのはかなりおかしな状況と言わざるをえません。これは重力を量子力学的に扱う量子重力理論が未だ完成していないために行っている暫定的な手法なので、今後量子重力理論が完成すると、状況は変わっていくと考えられます。

重力波や説明中にあったいろいろな線を通して見ることによって、宇宙人をみることはできるのでしょうか?(Sさん 25歳女性)

「宇宙人が存在するかどうかを宇宙線を使って知ることが出来るか?」という質問だという前提でお答えします。電波を使って地球外知的生命体を探そうというプロジェクトが存在しています。「seti」というプロジェクトで、地球外知的生命体が存在していれば、電波等を使って外部に信号を送っている可能性があるはずであり、それをキャッチすることで地球外知的生命体の存在を見つけることが出来るかもしれないというプロジェクトです。

キセノンってなんですか?(Rさん 15歳女性)

希ガスに分類される元素です。周期律表というものがありますので、その表をご覧になって頂くのが一番分かり易いと思います。ちなみに、非常に液体の状態で保持するのが難しい元素です。

神岡に各種の装置が集合するようですが、互いの装置に悪影響を与えることはないのですか? また、建設工事のノイズが既存の施設に悪さをすることはないのでしょうか?(Nさん 62歳 男性)

神岡に設置されている装置は、ある意味外から内側に粒子が入ってきて反応が起こるのを待つ「待ちの装置」なので、装置同士が悪影響を与えることはありません。建設工事のノイズが入るのではないかという質問では、重力波検出装置には悪影響を与えます。ただ、それはもちろんダイナマイトの発破等の大きな振動を伴うものであれば、です。普通の人的活動によってノイズが入ることはほぼ無いような場所に設置されています。

講演の中では登場しませんでしたが、先日「反物質をビンの中にとらえるとこができた」という話を聞きました。 反物質とは何ですか? 暗黒物質と何か関係があるのでしょうか?(Pさん 29歳 女性)

反物質というのは、反粒子から作られた物質です。おそらく11月18日くらいにニュースに出ていた記事のことだと思いますが、 反陽子と反電子を瓶の中に閉じ込め、それを電気の力で撹拌することで結び付け、反水素が作り出されました。 反粒子というのは、簡単に言ってしまえば、パートナーとなる通常の粒子(今の話で言えば陽子と電子)と衝突すると、 対消滅という現象を起こして、高エネルギーの光やその仲間になって消えてしまうような粒子のことです。 通常の粒子には必ず対となる反粒子が存在しています。 宇宙初期には通常の粒子と同じように大量に宇宙に存在していたと考えられている反粒子は、 宇宙が膨張する過程で、何かしらのメカニズムで消えていったと考えられています。 それは今現在の宇宙をどのように観測しても、反粒子で出来た星等は見つからず、観測される反粒子の数も極めて少ないためです。 しかし、反粒子は実験で生成することは可能であり、そして通常の粒子同様に電気的な力で結び付くことが出来ます。 つまり、反粒子による物質、反物質を構成することが出来るはずです。それを瓶の中で生成したというのがその記事の内容です。 反粒子と通常の粒子の間には性質に僅かな違いがあり、これをCPの破れと言います。 反水素を作り出し、それの性質を詳しく見ていけば、CPの破れ等の、反物質がこの世界から消えたメカニズムを探る鍵が見つかるかもしれません。

LIGOの検出可能レンジは6500億光年とありましたが、6500万年の間違いではありませんか?(Nさん ?歳 男性)

失礼しました、スライドの書き間違いです。 講演中では「6500万光年」と言っていたと記憶してますが、もしかしたらそれも言い間違っていたかもしれません。

重力波検出器はソースの方向をどうやって決定できますか?3軸で観測するのでしょうか?(Nさん ?歳 男性)

実は重力波望遠鏡は、1台ではどちらの方角から飛来したのかを知ることは出来ません。 ですから、世界中の重力波望遠鏡との連携が重要になります。方角を知るためには最低3台が必要とされています。 それら3台の重力波望遠鏡によって、重力波が飛来した時間差を調べることで、重力波源の方向を決定します。

重力波とは△△だ!と仮定して観測したものが△△だった場合、それは必要十分な説明になるのでしょうか? 理論負荷的な観測結果になりませんか?(Sさん 26歳男性)

重力波検出に限らずこの手の観測実験においては、観測をする際、 余計な負荷、つまりバイアスが掛からないように、理論を仮定して解析するようなことはしません。あくまでも何もバイアスを掛けない状態での観測・解析を行った結果が、理論の予言値と一致したかどうかを後から確認するわけです。

光速下での分子の運動、原子の運動とは?(Yさん 51歳男性)

申し訳ありません、これだけでは質問の意図が読み取れませんでした。光速下での分子や原子の運動は、特殊相対性理論と量子力学によって非常に精密に記述されています。

重力波を調べる事と他の観測施設(ALMA TMT すばるなど)との連携で、どういった事がありそうでしょうか?(Oさん 51歳 女性)

他の観測実験との連携はいくらでも考えられます。 特に中性子星連星からの重力波を検出出来た場合、天文学的に重要になるのは、その中性子星連星までの距離が極めて精密に分かるということです。天文学において、天体までの距離が正確に分かるということは、非常に重要なこととなります。距離が分かれば、光を使った観測によって、その天体現象をより精密に知ることが出来るようになります。

特殊相対性理論と宇宙の関係は何ですか?(Rさん 16歳男性)

特殊相対性理論というのは、光速に近い速さで運動する物体の運動を説明する理論であり、素粒子はほとんどが光速に近い速さで運動していますから、素粒子の運動や反応を考える際、特殊相対性理論は無くてはならないものです。また、当然ですが、加速器実験等でその正しさは非常に精密に検証されており、今現在の人類が到達している検証出来る範囲内においては、間違っているということはありえません。そして、宇宙との関係ですが、特に宇宙初期は素粒子が支配している世界です。そこで起こったことが原因となって、今現在の宇宙の姿が出来上がっているので、素粒子同士の反応を知ることは、宇宙の設計図を知ることに等しいわけです。その反応を司る法則は、先に書いたとおり光速に近い速さで運動する素粒子を記述するのに必要な特殊相対性理論と量子力学を融合して作られた、量子場の理論によって記述されます。そういう意味では、特殊相対性理論と宇宙の研究は、切っても切れない関係であると言えます。

イタリア、ドイツ、日本、アメリカの観測所ではどういう順で感度が良いのでしょうか? 周りにはなにもないようでしたが、ノイズが入らない程の距離はどれくらいですか?(Sさん 16歳女性)

一般的な意味での感度が良いのは、アメリカのLIGOが一番感度が良いです。次に感度が良いのはイタリアのVIRGOです。そしてドイツのGEO600になります。日本のCLIOは、今現在建設中のLCGTのためのプロトタイプ試験機ですので、そういう比較対象にはなりえません。また、基本的に世界中で感度向上のイタチごっこをやっているような状況ですから、また入れ替わることも当然考えられます。LCGTが完成すれば、完成時に他の実験が現在の感度と変わっていないと仮定すれば、次に首位になるのは日本ということになります。また、重力波というのは名前の通り波ですので、周波数というものがあります。どの周波数帯に感度が高いか、という話をしだすと、必ずしもLIGOが一番とは言えなくなってしまいます。ですが、どれだけ小さな距離の変動を見ることが可能か、という意味での感度では上記のような順位付けが出来るというわけです。また、都会の中にあるのはさすがに様々な振動がノイズとなるのでマズイのですが、基本的に地面から来る振動(地面振動)に関しては、振動が来ても除去する装置がついているために防がれております。特に、LCGTに関しては、神岡鉱山内に設置していることから、他の実験の100倍地面振動からのノイズを除去出来るというアドバンテージがあります。ですから、どれだけ装置から離れていればノイズが入らないという距離みたいなものは定義されておりません。むしろどのくらいの振動であれば除去出来るか、というのが重要になっています。

宇宙が始まった後からしばらくの間の状況が分からないため、重力波の検出をしようとしているが、重力波の検出によって何がわかるのですか?(Mさん 44歳男性)

様々なことが分かりますので、ここに全てを挙げることは出来ませんが、例えばインフレーションのメカニズムが解明出来る可能性があります。少なくとも、今現在、インフレーションのメカニズムとして考えられている理論は非常に数が多く、どれが正しいのか分からない状況となっています。これは観測ではまだ分かりえない部分が多いためであり、今後の観測精度が上がるにつれて、多数考えられているインフレーションのメカニズムも、少数に絞られていくと考えられます。しかし、光での観測では限界があり、重力波を検出出来るようになれば、インフレーション時期の情報を直接知ることが出来るため、より詳細なインフレーションのメカニズムを知ることが出来るというわけです。

宇宙線(暗黒物質)が今後あきらかになった場合の利用方法などはありますか?また、(先生が)利用してみたいお考えは何かありますか?(?さん 39歳男性)

利用方法については分かりません。我々人類が今技術的に自由に扱えているものは、電気と磁気の力のみと言っても過言ではないと思います。その中で、ほとんど重力によってしか反応を起こさない暗黒物質を何かしらに利用出来るかどうか、それはすぐには答えは出せないでしょう。そして将来開発される技術は私には分かりませんし、今現在の技術力を基にして将来を予想しても、ほとんど意味が無いのではないでしょうか。また、歴史的な経緯を見て貰えば分かるかと思いますが、我々は基礎科学者であり、基礎科学を研究している者が、必ずしも応用するアイディアまで出しているわけではありません。応用するための研究を行うには、基礎を研究するのとは別に非常に長い時間と多くのお金、そして多くのアイディアや大変な努力が必要になります。基礎科学者にそれらの部分までを求められても、そこまでは手が回らないというのが実情かと思います。

暗黒物質は非常にたくさんあるとのこのですが、なぜそれら同士が通常の物質と同じように重力でより集まって星などのかたまりを形成しないのでしょうか?(Kさん 30歳男性)

実は講演では触れませんでしたが、暗黒物質が集まってぼんやりとした塊として存在するようなものも考えられています。しかし、星というのは電気的な力によって物質同士が結び付くことで形成されており、電気的な反応を一切起こさない暗黒物質は、集まることは出来ても結び付くことが出来ないのです。ですから、集まりはするけれども、確固たる塊にはなれず、ぼんやりと集まっている感じのものになります。

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