プラネタリウム

第59回 コンピューターによる天文学の進展

今、様々な事象の理解や予測のためにコンピューターシミュレーションがつかわれています。 現在の科学が進展していく為には、高速なコンピューターは必須ですし、 科学等の学問分野だけでなく、日常生活においても、コンピューターは必須となりました。
コンピューターシミュレーションとその重要性について、天文学での応用を中心にお話をしていただきました。

概要

日時

平成23年6月25日(土曜日) 午後7時~8時30分

講師

中里 直人氏(会津大学 コンピュータ理工学部准教授)

講演プログラム(当日配布したレジュメより)

  • 自己紹介
  • コンピューターシミュレーションとは?

コンピューターによるシミュレーションについて簡単な例をもとに説明します

  • 天文学におけるシミュレーション

天文学の発展においてシミュレーションは欠かせない手法となっています。 その実例についてお話しします。

  • スーパーコンピューターや並列計算について

コンピューターの発展進化、高速化は天文学にかぎらず科学や工学の進展、 一般社会や生活に必須となりつつあります。高速なコンピューターや並列計算についてわかりやすくお話しします。

質問と回答 講演会でお客様より頂いた質問に講師の先生が答えます

銀河系ができてくるシミュレーションについて、初めに設定した条件だけで次々と、「まだら⇒ネット⇒銀河・星」とできていきますが、この過程の中では構造がはっきりと変わっていっているように見えます。変化はもっと先にもおこりますかこのままですか?星・銀河はもっと変わりますか? (Sさん 36歳女性)

講演でお見せしたシミュレーションのムービーは30億年を3分間で表現していますので、刻々と構造が変化していくように見えます。つまり、10億年のスケールでは細かな銀河の構造は変化していきます。星についても10億年のスケールでは変化をしますが、銀河に比べると変化の度合いは大きくありません。

銀河の形成シミュレーションは、時間軸にそったもののようでしたが、 逆に計算することはあるのですか? できあがりから初期に戻るとか……(Sさん 30歳女性)

計算上は時間軸の正の方向負の方向どちらにもすすめることができる場合もあります。お見せした銀河形成シミュレーションの場合は、宇宙初期の条件(密度ゆらぎ)の予測に基づいて計算を開始しています。逆に現在の銀河の状態から過去に計算するには、現在の銀河について莫大な情報が必要で、これは得ることができません。一方で、この銀河形成の過程には不可逆な現象(「覆水盆に返らず」のことわざのように過去の方向にシミュレーションできない現象)があるため、単純には過去に向かって計算することはできません。

シミュレーションを数回やって違う答えが出ることはありますか?また、そうなった時はどう判断しますか?(Sさん 30歳女性)

全く同じ計算条件からシミュレーションをした場合、異なる結果が出ることはありません。もし、異なる場合には、計算機に問題がある場合があります。現在の計算機は、半導体の非常に微細な構造に依存しているため、大気圏外から飛び込んでくる高エネルギー粒子(宇宙線)の影響を受けやすくなっています。宇宙線が半導体に衝突すると、半導体の一部が破壊されたり、メモリの内容が変化する場合があります。このような要因で計算結果が異なることは、非常に小さい確率ですがあり得ます。

量子コンピュータ研究の現状は?これが完成すると、超スーパーコンピュータになるのか? (Sさん 62歳男性)

量子コンピューターを実現するために、様々な実験が行われていますが、現状はコンピューターのもととなる基本的な素子(通常のコンピューターで例えるなら真空管やトランジスタ)が、動作するようになったにすぎません。大量の素子を安定して動作できるようになるには、まだ時間がかかると予測されています。一方で、量子コンピューターの動作原理は、現在の通常のコンピューターとは異なるため、私が興味を持っているような数値シミュレーションを、即高速化できるわけではありません。

「京」は計算回数は記録的には確かに速いのでしょうが、実際のシミュレーションプログラムの優劣で、計算速度に差はでないのでしょうか? (Sさん 62歳男性)

仰るとおり、シミュレーションプログラムの実現方法により、コンピューターによるシミュレーションの速度には優劣があります。そのため、様々な応用分野ごとに、より効果的なプログラムを実現するために、神戸の研究所には、各応用分野ごとの研究室が設置されています。

以前は3体問題といって3つ以上の要素では計算が不可能だったと思いますが、どのようにしてそれを乗り越えたのですか。 (Tさん 65歳男性)

三体問題は数学的には解くことができません。ですが、数値計算では、いくつの要素があっても計算することが可能です。このことはコンピューターが発明される以前より自明でしたが、手計算では莫大な時間がかかるため、コンピューターが手軽に利用できるようになるまでは現実的な手法ではありませんでした。現代では、天文シミュレーションに限らず、様々な研究分野で数学的に解くことのできない方程式は、数値計算や数値シミュレーションにより研究されています。

PCだとデータ長が32ビットor64ビットが一般的ですが、特別なデータ長が必要なのでしょうか? (Mさん 40歳男性)

データ長が64ビットの場合、約15桁までの数値計算が可能です。多くの数値シミュレーションでは、この程度の桁があれば問題ありませんが、高エネルギー物理学や一部の天文シミュレーションにおいて、より高精度なデータ長が必須になる場合があります。また、逆に32ビットよりも小さなデータ長でも十分な計算もあります。その実例は3DCGを応用したゲームであり、これらのCG計算では16ビットのデータ長が利用されることもあります。

星のシミュレーションは過去と未来の両方向を計算することができると思いますが、何が一番天文学に寄与しているとお考えでしょうか。 (Yさん 52歳女性)

宇宙シミュレーションの面白い点のひとつは、宇宙初期の密度ゆらぎ(まだらやむらむら)のようなランダムな状態から、星や星団、銀河のような構造が形成される過程を調べることが可能なことです。その意味では、過去から現在へのシミュレーションが最も興味深いと思います。未来の方向へのシミュレーションを行うことは可能ですが、それが信頼できると言えるためには、現時点での詳細な物理条件が必要であり、これは地球の近傍の天体を除いては得ることができません。そのため、未来の方向へのシミュレーションには、いくつかの仮定が必要となります。

天文学のシミュレーションで、一番ホットなテーマ・課題は何でしょうか?天文学のシミュレーションの研究を行う上で、一番困っていることは何でしょうか? (Eさん 52歳男性)

ホットなテーマは幾つかありますが、個人的な課題は、銀河のより詳細なシミュレーションです。講演でお見せしたしたものは、銀河シミュレーションの一例のため、宇宙に存在する様々な形態の銀河の起源を明らかにはできません。今後、より詳細に、そして数百例のシミュレーションを実現し、比較検討することが必要になります。そのためには、コンピューターやプログラムが高速になることはもちろん必要ですが、実は一番足りていないのは人手です。数百例の結果を比較検討するためには、一人や二人では難しく、天体観測実験のようによりシステム化された方法論が必要と思いますが、具体的な方策は今後の課題です。

宇宙をコンピューターでシミュレーションする場合、最近あきらかになってきた暗黒物質や暗黒エネルギーはどのように扱われていますか。また、扱われるようになりましたか。 (Hさん 55歳男性)

シミュレーション内では、暗黒物質は重力(引力)を及ぼす存在として扱われています。これは、星や星団銀河とほとんど同様に扱われています。暗黒エネルギーの影響は、宇宙全体程度の大規模な構造にのみ影響を及ぼすと考えられています。銀河や星のスケールでは暗黒エネルギーの影響は微細なため、これらの場合は無視することが可能です。講演でお見せした、大規模構造のシミュレーションの場合には、引力の反対の斥力として考慮されています。

天の川銀河とアンドロメダ銀河がぶつかると聞いたことがありますが、どのくらい後にどんな感じでぶつかるのでしょうか? (Sさん 31歳男性)

天の川銀河とアンドロメダ銀河は、局所銀河群とよばれる、様々な銀河の集まっている場所に存在します。その付近には銀河が集まっているため、個々の銀河の位置と速度によっては、そのうちに接近が起こることが予測されています。天の川銀河とアンドロメダ銀河の場合には、30億年後に最接近が起こると予測されています。数値シミュレーションの結果によると、その結果二つの銀河は合体すると考えられています。ちょうど、講演でお見せした円盤銀河の合体のように、最後にはひとつの丸い銀河(楕円銀河)が残ると予想されています。その時に太陽系にどのような影響があるのかは、シミュレーションや予測することは非常に難しいです。

京によって、太陽活動を調べるとすると、もう少し具体的に教えてください。どのくらいの時間がかかりますか。 (Oさん 50歳女性)

一口に太陽活動といっても、太陽表面でのプラズマの挙動によるフレアの発生、プラズマと太陽磁気との相互関係、そして太陽活動の地球を含んだ太陽系への影響など、シミュレーションすべきことは多くあります。それぞれを協調させてシミュレーションすること、これを連成シミュレーションと言いますが、このような連成シミュレーションを実現することも「京」の課題の一つです。他の連成シミュレーションの例として、分子レベルから、細胞、そして臓器を連成させて、人体のシミュレーションを行なうことが推進されています。

ブラックホール関連であれば、京を使えば、今まで出来なかったテーマの内、どのような事ができるようになるのでしょうか? (Oさん 50歳女性)

ブラックホールに関連して、今後の研究がより推進されると考えられるのは、重力波に関することです。ブラックホールは非常に重力の強い天体のため、発生する重力波も巨大となり、現在進められている重力波検出装置の発展のためには必須の研究課題となります。また、ブラックホール自体が形成される過程のひとつに、大質量星の重力崩壊とそれに伴う超新星爆発があります。特に重力崩壊については、計算能力の不足により、まだ決定的な結論が得られていません。「京」などのスーパーコンピューターの発展により、ブラックホールの起源のひとつがあきらかになるかもしれません。

宇宙は拡大していると聞きますが、ある時点で一点に向かって縮んでしまうような可能性は考えられますか? (Kさん 50歳女性)

宇宙の極初期に、ビッグバンによりごく短時間の間に宇宙自体が大きく拡大したと考えられています。これと対称な現象としてビッグクランチという、逆に縮んでいくような現象が理論的に考えられています。ビッグバンについては、宇宙の観測結果によりその存在が検証されていますが、ビッグクランチについては現時点では理論的な考え方のひとつに過ぎません。シミュレーションの内部では、銀河同士が重力で引きあうことで、局所的に縮んでいくような状況がありえますが、宇宙全体が縮んでいく状況は起こりません。

質問と回答(番外編)

いただいた質問の中に、以下の通り、当館のプラネタリウムプログラムについてのご質問がありましたので、当館学芸員(天文学担当)より回答させていただきます。

葛飾区郷土と天文の博物館で制作されるプラネタリウムプログラムについてお伺いします。(1)スペックやソフトウェアなど、どのような、コンピューターが必要なのでしょうか?(2)どのように作成されているのでしょうか?作成している団体や企業があるのでしょうか?(3)作成するためには、どのような経歴が必要なのでしょうか? (Sさん 37歳男性)

(1)デジタルプラネタリウムは、Windowsマシン8台(Core i7)で動かしています。DigitalSky2.2という、世界のプラネタリウムで広く使われている米国製のスペースエンジン(データに基づき宇宙空間をシミュレーションするソフトウェア)を使用しています。(2)番組のプログラムはほぼ全て、当館のスタッフが作成しています。(3)経歴は必要ありませんが、デジタルプラネタリウムの番組を制作するにあたって、コンピュータ(ハードウェア・ソフトウェア)の基礎知識、天文学の知識、三次元空間をイメージする能力、わかりやすく表現する能力、映像素材(画像・動画・三次元モデル)を制作するスキル、そして演出のセンスなどが必要です。

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