プラネタリウム

第72回 実験室は宇宙! 国際宇宙ステーションで行なう流体実験のいま

葛飾区郷土と天文の博物館主催 東京理科大学後援 「星の講演会in東京理科大学葛飾キャンパス」
博物館が施設工事休館期間中の為、東京理科大学葛飾キャンパス 講義棟1階101教室で開催しました。

普段の生活でも身近に見られる「表面張力」に関連して、晩酌でコップの壁に見られる現象から、宇宙でのおもしろ実験などを通じてご紹介いただきました。また、国際宇宙ステーション(ISS)での宇宙飛行士の生活の様子や、ISSを利用した最新の科学実験についてのお話もいただきました。
ワインとワイングラスを使った表面張力の実験「ワインの涙」の実演があったり、講師から聴講者へ「宿題(なぞかけ)」が出たり、ユニークな講演会でした。

概要

日時

平成25年12月21日(土曜日)

講師

上野 一郎(うえの いちろう)氏(東京理科大学 理工学部 機械工学科 准教授)

講演プログラム(当日配布したレジュメより)

  • 簡単な自己紹介
  • 表面張力とは...
  • 国際宇宙ステーションの概要
  • 微小重力環境を含めた表面張力の世界
  • 上野グループが参画している国際宇宙ステーション上での最新の研究紹介
  • 質疑応答

聴講者からの質問と講師回答

宇宙ステーションはどれくらいの大きさですか? 1回について何人くらいの人が宇宙ステーションに乗ることができるんですか? (Uさん 女性・11歳)

国際宇宙ステーション(以下ISS)ですが、一番広いところを見ると大人用のサッカー場(約105メートル×約68メートル)とほぼ同じです。約108メートル×約73メートルとなっています。ちなみに重さは420トン(1トンは1000キログラムです)。小型の自動車が1台約1トンなので、サッカー場くらいの大きさで自動車420台分の重さのものが地球のまわりをぐるぐるまわっていることになります。
いまISSの中には6人の宇宙飛行士の方が滞在しています。その中で、日本人宇宙飛行士の若田光一さんが、2014年3月9日から日本人としては初めてISSの船長として滞在中です。

ISS(国際宇宙ステーション)の1個のモジュールのじゅみょうは15年ですが、15年たったら、そのモジュールは、切りはなしされるんですか?それとも、そのままドッキングしたままなんですか? (Dさん 男性・10歳)

寿命のことをよくご存知ですね!寿命ですが、人間が滞在するものですので、かなり安全面を考慮して設計がされています。当初は2016年まで、と言われていましたが、国際間の調整が進み、2014年3月現在で2024年まで使っていこうと米国側が考えているとの報道があります。
宇宙飛行士の方が修理をしたり部品を交換したり...
寿命が来てどうしても使えなくなった...
私自身は直接は関与していないので詳しい状況はわかりませんが、おそらくは十分小さくした上で大気圏で燃やしてしまうのではないでしょうか。宇宙にあれだけ大きなゴミを出してしまうことはやはりよくないですよね。私自身もどうやって廃棄するのかとても関心を持っています。

地上ではシャボン玉は小さいものしかできないというお話でしたが、テレビ等で大きなシャボン玉を作る実験をしていることがありますが、それはメカニズムが違うのでしょうか? (Hさん 女性・?歳)

大きなシャボン玉、すごくきれいですよね。うちの子供も大好きです。
表面張力をうんと弱くしてあげると大きいシャボン玉をつくることが可能になります。ただ、やはり短い時間でしかシャボン玉の状態は維持出来ないと思います。なぜなら、シャボン玉を作っている液体の膜がありますが、その液体自体が重力によってどんどん下の方に集まってきてしまい、上の方はどんどん薄くなっていき、最終的に破裂してしまうためです。
表面張力を弱くして、さらにすごく軽い液体があれば長い間出来ているシャボン玉を作ることが出来ると思います。

濡れ性と毛細管現象とはちがうのでしょうか?(Wさん 男性・63歳)毛細管現象というのは、濡れ性の一種ですか?(Tさん 男性・50歳)

ご関心を持っていただきありがとうございます。
濡れ性がいい液体と壁があると発生する現象です。液体が濡れやすい面があった際に、狭いところ(壁と壁が近くて狭くなっているところや、細かい穴など)をどんどん濡れ上がっていきます。十分狭ければ、濡れ性によって持ち上げる液体の量が少なく、表面張力の力で重力に打ち勝って持ち上げることが出来ます。大きい穴ですと、持ち上げないといけない液体の量が多く、重力で下向きに引っ張られてしまうため持ち上がらなくなります。専門的な話になりますが、重力と表面張力のバランスで決まる長さとして「毛管長」と言われるものがあります。穴の大きさがこの毛管長よりも小さければ重力の影響よりも表面張力の影響が打ち勝って持ち上げられるようになるというものです。
先日のお話しでご紹介した宇宙でのコップもこの原理によるものです。ISS内では重力の影響はきわめて小さいので、比較的大きな「かど」でも液体が持ち上がることになります。

参考URL:physics Central(外部サイトが別ウィンドウで開きます)

ピンホールに関連した質問です。水滴を水面に落とすと、水中に落ちないで水面を数秒転がっていることがあります(ちょうどホバークラフトのように)。水滴のつぶれた球の下にはさまった空気がなかなか開放されないですが、何か特殊な事がおきているのでしょうか?たとえばホバークラフトのスカートのような形に空気が閉じ込められているとか…。とてもふしぎです。 (Nさん 男性・54歳)

私もこの現象を見るのがすごく好きで、見ていて全然飽きないんですよね...ストローで小さい水滴をコップの水にそっと落として子供たちと一緒に見たりしています。
この現象ですが、おっしゃる通り、空気の泡が水滴と水面の間にかぽっとはさまっているような状態になっています。つまり、水滴や水面が若干変形することで空気の泡を保持出来るような状態になっています。
ちょっと極端な例えになってしまいますが、どらやきの状態を思い出していただけますでしょうか?
下側の皮が水面、中の餡が空気の塊、上側の皮が水滴だとすると、上側の皮が餡を包むように曲がっています。このような変形が小さい水滴と水面の間で起こっているため空気を保持することが出来ます。
この空気とは別に、ちぎれた水滴というのは特殊な力が働いていて、その影響によって似た現象が起こることも知られています。それは静電気の力です。ちぎれる際に水滴が電気を帯びてしまい、なかなか別の水とくっつくことが出来ない、というものです。これは100年以上前に、レイリー(Rayleigh)という方によって発見されています。
静電気と水滴に関する興味深い実験が、アメリカの宇宙飛行士、Pettit博士によってISS内で実施されています。もしご関心がおありでしたら、こちらもご覧になってみてはいかがでしょうか。

参考URL:physics Central(外部サイトが別ウィンドウで開きます)

ワインの表面について、上下するということですが、なぜ上下するのですか? (YMさん 男性・47歳)

ご関心を持っていただきありがとうございます。
ごく少量のワインがグラスの壁を上っていくのは表面張力の影響、下がっていくのは重力の影響です。
まず上っていく方ですが、グラスの壁の近くと真ん中あたりを比べます。ワインの量は壁の近くの方が少なく、薄い膜状になっています。
当日はここで焼き肉の話しをさせていただきましたが、薄いお肉と分厚いお肉だと火の通りがいいのは...薄い方ですよね。つまり薄い方が熱の影響が出やすくなります。
ワインに戻りますと、壁近くの方がワインが薄く存在しているので熱の影響を受けやすい状態になります。そうすると、ワインに含まれるアルコール成分がもっともその影響を受け、蒸発していってしまいます。つまり、グラスの真ん中にあるワインはアルコールの度数が若干ですが高く、グラスの壁の近くは度数が低くなってしまいます。
表面張力は、一般的に温度や濃度が低い方がその強さが大きくなる傾向を持っています。つまり、グラスの壁の近くにあるワインの方がアルコール濃度が低いため表面張力が大きい、その結果、綱引きの状態によってワインの表面上では、グラスの壁側に向かってワインが引っ張られていくことになります。それによって重力に打ち勝ってワインが壁を上っていくことになります。
壁を上っていったワインですが、どんどんたまっていくと今度は表面張力で上に持ち上げる力が重力の影響に打ち勝てなくなってしまい、下に引き戻されることになるのです。
重いものが下向きに下がっていくときに、あの涙状の形を持つことになります。それがレイリー・テイラー(Rayleight-Taylor)不安定と呼ばれているものです。浴室の天井に水滴が出来るときに一定の間隔で出来るのをご覧になったことがあるかもしれませんが、その一定の間隔で出来るのもこの不安定性が働いているためです。

「ワインの涙」の実験をISS(国際宇宙ステーション)内で行ったことはありますか? あるいは、行う予定はありますか? やる場合、ISS(国際宇宙ステーション)内は禁酒らしいので持ち込み備品のチェックでひっかかりませんか? (Tさん 男性・50歳)

私もこの実験はぜひやってみたいです!
Pettit博士と、次に宇宙に行ったときにどういう実験をするか打ち合わせをしていますが、この実験は本当に見てみたいのですが...、おっしゃる通り、お酒を使っては出来ないかもしれませんね。アルコールと水を混ぜて、ちゃんと密封することが出来る装置を使うと出来るかもしれません...。
ワインの涙ですが、重力の働きによって涙状にワインが壁に並んでいます。ですので、ISSで実験をもし出来たとすると、「涙は出来ない!」という結果の実験になる可能性が高いです。あるいはもっと別の想像と違った結果が出てくるかもしれませんが...、私自身も大変関心を持っています。

無重力な環境の流体の挙動は、重力下での地上と比べて予想出来ない現象もあるかと思われますが、 泡のらせん状の渦が出来る時のスケール因子の理論的補正はどうなのでしょうか? (Yさん 男性・47歳)

ご関心をお持ちいただきありがとうございます。
おっしゃる通り、スケール効果の影響も考える必要があると思いながら地上での実験やシミュレーションをやっています。
現在のところ、液体中の泡、あるいは粒子の大きさが、対象としている液滴や液柱と比べてある程度の大きさ以上になると、あのような綺麗な構造が出来ないということが実験や計算によって再現出来ています。共同研究を行っているウイーンのグループも、理論的にこの現象を扱っていて、やはり相対的に大きすぎると出来ないであろうという結果を出しています。
このテーマについては、2011年くらいからずいぶんホットな話題になっていて、私たちの研究グループとウイーンのグループ、その他ベルギーやロシアのグループが競い合いながら解明を目指している状態です。

(流体の波紋が)三角形になる様子の実験で、温度や注入以外に回転エネルギーは 加えていないのでしょうか?(?さん 男性・48歳)

ご関心をお持ちいただきありがとうございます。
私も理科大に参って、最初にあの現象を見たときは本当にびっくりしたことを今でもはっきりと覚えています。
回転の効果を含むエネルギーは全く注入してません。加えているのは液体を保持している壁の間の温度差だけです。
液体の柱(液柱)を形成するときに、おっしゃるような液体を注入するエネルギーの効果が残っているのを避けるため、私たちが実験を行う際は十分長い時間放置して、完全に液体が静止した状態から実験を始めています。温度の差だけで流体の中に回転運動を実現出来るというのは本当に興味深いですよね。いま研究を続けているのも、私が最初に見たときの驚きがいまも変わらず続いているからかなあ、と今回ご質問いただきあらためて考えました。
現象としては、温度差を加えていくことで、液体の中に実は両方向の回転の成分を持つ状態が実現しています。条件によってはその両方の波が残っていて、回転ではなく脈を打つような現象も見ることが出来ます。何かの拍子によってその2つの反対方向に伝播する成分のどちらか一方が消えてしまうため、一方向に回転するように見える現象が見えていると現在では考えられています。

常温の水銀は微小重力下で表面張力に変化は起きますか? (Dさん 男性・67歳)

水銀...。
水銀の体温計を、教室のストーブの上に置いてあるやかんの蒸気に当てて破裂させるたびに、小学校の先生にこっぴどく怒られたのを思い出しました。
表面張力ですが、重力の影響によって変わるものではないと考えられています。
宇宙では重力が小さくなることで、大きな水銀液滴でもほぼ球形を維持して浮かぶことが出来ると思いますが、これは表面張力の影響が変わった訳ではなく、相対的に重力の影響が小さくなっているためです。

宇宙での実験の水滴の動きや(宇宙)飛行士の人たちの挙動がスローモーションのように ゆっくり見えるのはなぜですか? (Sさん 男性・53歳)

ご関心をお持ちいただきありがとうございます。
宇宙飛行士の方々ですが、地上のように激しく動くことは大変難しい状況にあるため、あのようにゆっくり動いていらっしゃるのだと思います。
たとえば地上ですとどんなに激しく地面を蹴っても、その力によって地面が動くことはありません。人間も重力によって地面に向かって押さえつけられている状況ですので、地面からピョーンと飛んでいくことはありません。
一方、ISSの中のような状況ですと、宇宙飛行士の方がぐいっと壁を蹴ったりすると、その反作用でISSの壁から力を受けて自分自身が思いっきり飛び出してしまいます。地上の構造物と違ってかなり狭い空間の中にいらっしゃいますので(上下の概念がないので、狭く見えても動ける範囲は地上よりも相対的に広くなります)、すぐ反対側の壁にぶつかったりしてしまいます。
激しく動くことによって壁にぶつかったりするのを避けるためにどうしてもそーっと動いていらっしゃると思います。
筋力トレーニングなどの激しい運動をする場合は、しっかり壁に固定された器具を使って、自分自身が壁にぶかったりしないような工夫をしているそうです。

宇宙ステーション内部でもし火を使ってしまったらどうなってしまいますか?(Nさん 男性・17歳)

火が燃える、いわゆる「燃焼」という現象は、流体の挙動と同様に大変興味深いものです。
私自身は実験をしたことはありませんが、世界中で燃焼の研究はされています。
たとえばロウソクの火を考えてみましょう。
地上では火は根元で太く、上に行くほど細い形をしていますよね? これは重力の影響によって軽いものが上に上がっていく「自然対流」あるいは「浮力対流」という影響を受けています。 宇宙ですと、軽くても重くてもどちらもその場にとどまろうとしますので、火炎は真ん丸い形になります。 また、これも興味深いことですが、地上ではロウソクの炎はローソクが残っている限り(あとは、屋外で強い風が吹いたりしない限り)燃え続けますよね?
宇宙ではローソクが残っていてもその場に火炎がとどまって長時間燃え続けるのは難しくなります。
それは、燃焼を助ける酸素が火炎に供給されなくなってしまうからです。
地上では自然対流によって火炎の周りにいつも新鮮な空気が供給され続けられますが、宇宙ですと自然対流が発生しないため、火炎の周りの酸素濃度は時間とともにどんどん下がっていくことになります。
ですので、微小重力空間で燃やし続けるためには、酸素を別に供給し続けてあげる、あるいは火炎の位置を変えながら(酸素があるところに移動しながら)燃焼させる必要があります。
ISSやスペースシャトルの運用に関して、特にNASAが配線ケーブルの燃焼に強い関心を持っていたと言われています。大事故に繋がる現象ですので、微小重力下でケーブルの被覆がどのように燃えるかというのは現在も大変重要なテーマです。実はこの燃焼に関しては日本で大変盛んに研究されていて世界を引っ張っています。北海道大学の藤田先生がNASAやJAXA、海外の研究機関と共同でこの現象に関して研究を続けていらっしゃいます。

ISS(国際宇宙ステーション)が移動するエネルギーは表面張力に影響するのは・・・? (よくわからなかったのでもう一度教えてください)(?さん 男性・48歳)宇宙でも「慣性の法則」は地上と同じように働いているのですか?(Sさん 男性・53歳)

ご関心をお持ちいただきありがとうございます。
動いているものは動き続ける、止まっているものは止まり続けるという「慣性の法則」は宇宙でも地上でも成立します。
お話しさせていただいた当日の最後の方にご紹介しましたが、宇宙飛行士の方々が膝を抱えて浮かんだ状態でいた動画を覚えていらっしゃいますでしょうか?
宇宙飛行士の方々はISS内で止まっていますが、ISSが微妙に姿勢を変えたりすることでISS自体が宇宙飛行士の周りで動いてしまいます。その結果、ISSの壁に固定したカメラから見ると、「宇宙飛行士が動いている」ように見えます。
ISSの運動によって表面張力そのものには影響を及ぼさないと考えます。
ただし、先ほどの宇宙飛行士の方々と同様、本当は一定の位置に浮かんでいてほしいのに、ISSの姿勢制御等で運動の状態が変わると液滴が装置の壁にぶつかったりして変形を起こしたりすることが起こりえます。
また、壁に固定した装置に液体の柱(液柱)を形成していた場合においても、液柱はその場にとどまろうとするのに、たとえばISSの姿勢制御や宇宙飛行士の方々の運動によってISSの運動が変わってしまうと、液柱がぐらんぐらんと動いてしまいます。
このようなISSの姿勢制御や宇宙飛行士の方々の運動によって、装置が置かれている重力加速度の環境が変化してしまいますが、その重力加速度の変動のことをGジッター(G-jitter)と呼んでいます。このG-jitterの影響を極力避けるため、私たちの実験は宇宙飛行士の方々がぐっすり寝ている時間帯に実施しています。

タオルに水をかけている時、なぜタオルに水がしみ込むのですか? 無重力の濡れ性の性質により、水はタオルにはじかれるのではないでしょうか? (Yさん 男性・47歳)

ご関心をお持ちいただきありがとうございます。
おっしゃる通り、微小重力下ですと表面張力の影響により液体は丸い形を維持しようとするため、タオルと接触する面積が小さくなってしまいます。その結果、地上と違ってなかなかしみ込まないようになります。
ただ、「毛細管現象」と呼ばれる現象のため、タオルの繊維の隙間に液体が入り込んでいってしまいます。
ご質問をいただいて初めて思い当たりましたが、宇宙で快適に使うタオルは繊維の隙間を地上のものより広くしておくと水がしみ込みやすくなって使い勝手が上がりそうですね。

ぞうきんをしぼった時に飛び散った水滴は ISS(国際宇宙ステーション)の機器を故障させなかったのでしょうか? (?さん 男性・48歳)

私もその点はずっと不思議に思っています。
もちろん多少の水滴では故障が起きないような設計をされているとは思いますが、ISSの中で水滴が飛び散っている様子は本当に冷や冷やします。
私自身は、これらの実験のせいで機器が故障したとかという話は聞いたことが無いのですが、関係者の方々に聞いてみます。
また新しい話題が出てくればご紹介させていただければと思います。事故が起こらないことを祈りつつ...。

表面張力の説明、よくわかりました。この力は、どのような産業に生かされているのでしょうか? (Hさん 男性・52歳)

表面張力にご関心をお持ちいただきありがとうございます。
表面張力は本当にさまざまな産業で検討されながら使われています。
身近なところでは、みなさんも使われているインクジェットプリンタも例として挙げられます。インクを大きさの揃った粒にして射出し続けることはインクの表面張力の性質によって決まります。その性質に対してどのような形で勢いをつけてあげれば一定の大きさで粒を作ることが出来るか、ということに繋がります。また打ち出したインクが紙の上でどのように振る舞うかは表面張力/濡れ性の問題になります。
別の身近な例では、石鹸や洗剤でしょうか。いかに少ない量で汚れを落とすか、表面張力の機能を利用して少ない量で広い場所を綺麗にしたいということになれば、表面張力/濡れ性の問題は必ず関連してきます。
さらに、いかに効率よく電子機器や、作っている過程の材料から熱を奪うか、という問題についても表面張力の性質を利用しています。たとえば、普段、鍋ややかんでお湯を沸かしていると思います。ぼこぼこっとあぶくの出る、いわゆる「沸騰」と呼ばれる現象になりますが、これはやかんの中の液体側から考えると、やかんの壁から熱をもらって液体の温度を上げる、すなわち「加熱」の問題となります。一方、やかんの立場で考えると、炎などから受け取った熱を液体に渡すことで壁自身の温度を下げる、つまり「冷却」の問題となります。電子機器やクラウドネットワークの通信機器、自動車のインバータなど、効率的な冷却を必要とする機器は本当に広く存在しています。これらをより効果的に冷却をしようとすると、沸騰の出番になるのですが、液体の表面張力を変えたり、液体と壁の間の濡れ性を変えることで、沸騰で出てくるあぶく、いわゆる蒸気泡の発生の仕方などを変えることが出来ます。これによって、より効果的に沸騰によって熱を奪うことが出来るようにする技術に関する研究は現在も大変盛んに行われています。
この他にも代表的な例では、材料生成、薄膜コーティング技術、熱交換機器、廃水処理、食品加工、燃料電池などの発電機器などが挙げられます。
少しでも社会の発展・安定に繋がる研究をこれからも継続していきたいと思います。

国際宇宙ステーション内で行ったぞうきん絞りの実験に関して「無重力状態の宇宙空間でぞうきんを絞ったとき、その水が冷たくても、冷たく感じないのはどうしてでしょうか?」 上野先生から聴講者への問いかけ(宿題)

(上野先生の解説)
今年は寒い日が続き、ぞうきんを絞るのもつらい時期が長かったですね。
さて、無重力状態でぞうきんを絞ったとしたら...。
「冷たく感じる」ということは、「体から熱が奪われる」ということと同じです。
つまり、温度の高い体から、温度の低い体の周りの物体(水や空気)に熱が移動することで冷たく感じます。
では体から熱が奪われるのはどういうことかを考えていきましょう。
一番典型的な例は、冷たいシャワーを浴びるときでしょうか。体のまわりについた温度の低い水に体から熱が移動することで、水の温度が上がり体の温度が下がります。シャワーや蛇口からの水は冷たいままどんどん新しい水が流れてきますので、その都度冷たい水をあたためるために体の熱が奪われ続けます。
もう一つの身近な例は、注射をする前のアルコール消毒の時。アルコールを浸したガーゼで腕を拭いてもらうと、すぐにすーっと涼しく感じた経験をお持ちのはず。あれは、アルコールが体からの熱で「気化」することによります。つまり、アルコールが液体から蒸気に変化する際に気化熱(あるいは潜熱)として体から熱を奪うので涼しく感じる訳です。

ではぞうきんを絞ったときに何が起こっているか考えてみましょう。
考えないといけないのは、「ワインの涙」の時にお話しした分厚いお肉と薄いお肉とどっちら焼けるのが早いか、ということに関連したことが一つ。もう一つは夏の蒸し暑い日とからっと乾いた日に汗をかく場面と関連したことを考える必要があります。

まず一つ目。地上では重力の影響で水の膜が体にくっついたとしても水自体は下に下に落ちようとしますので、手に残る水の「膜」はとても薄い状態になります。つまり、熱が伝わりやすい状態になっているので、体温によって気化しやすい状態になります。
微小重力空間ですと、水の膜はなかなか落ちていかないので、比較的に分厚いまま手の回りにまとわりつくことになります。つまり、あっためないといけない液体の量が多いため気化しにくい状態になっています。さらに、熱は温度の高いところから低いところに流れていきますが、体の周りにくっついてあったまった液体は、温度が体温に近づいていきますので、水に向かって熱が流れていきにくい状態になります。それによって体から奪われる熱の量が小さくなっていることがまずは原因の一つとして考えられます。

もう一つは空気中の水分量、いわゆる「湿度」と、軽いものは上に、重いものは下に行くという、いわゆる「自然対流」あるいは「浮力対流」に関係しています。
もし手の回りで十分薄い水の膜となって気化熱をうばって水蒸気になったとしても、微小重力では浮力対流が発生しないので手の回りに水蒸気がそのままとどまるように存在することになります。こうすると、手の周りに水蒸気がどんどんたまっていき、最終的にはあったまっても気化しづらい状態になってしまいます。一方、地上だと、気化した水蒸気は体のまわりであったまった空気とともに上に上がっていきますので、体の周りには水蒸気の量が常に少ない状態になり、気化しやすい状態が維持されます。
これと似た現象は、みなさん全員が夏に経験していることと原理は一緒です。夏の蒸し暑い日とからっとした日に汗をかく場面を想像してみてください。蒸し暑い日、すなわち湿度の高い日は空気中に水分がたくさんすでに存在しているので、汗をかいてもなかなか汗が蒸発せず、じとーっと体にまとわりつくような感じになりますよね。一方、からっと乾いた日には、汗をかいた途端に気化して体の熱をうばっていきます。気化した水蒸気は浮力対流であったまった空気とともに体からどんどん離れていきますので、また汗をかけばすぐに気化が起こります。

以上の2つの要因が絡まって、水が手の回りを覆っても微小重力環境では冷たく感じないのだと考えています。
みなさんのお考えはいかがでしょうか?

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