プラネタリウム

第92回 宇宙往還技術を支える風洞のお話し

宇宙空間には空気がありません。しかし、宇宙空間に人や物を運んだり、宇宙空間から帰還する際には、地球を取り巻く空気の層を通過する必要があります。我々の生活に無くてはならない空気も、宇宙に行って帰ってくる(「宇宙往還」といいます)機体にとっては、とても「邪魔なもの」なのです。その「邪魔なもの」の中で、ロケットや回収カプセルを安全、確実に飛行させるためには、事前にたくさんの計算や試験を行う必要があります。
講演では、ロケットや回収カプセルの開発で利用される風洞(ふうどう)についてお話しました。

概要

日時

平成29年9月9日(土曜日)午後7時~午後8時30分

講師

浜本 滋(はまもと しげる)氏
JAXA 航空技術部門 空力技術研究ユニット長

講演プログラム(当日配布したレジュメより)

  1. 宇宙と地球の境界線
  2. 宇宙往還技術
  3. JAXAの風洞
  4. いろいろな風洞
  5. レイノルズ数の話
  • 質疑応答

聴講者からの質問と講師回答

極超音速風洞の実験時間は何分ですか。タンクに充てんする、タンクの空気を抜く時間はどの位ですか。 (Dさん・男性・70歳)

極超音速風洞の試験時間(気流が流れている時間)は30秒から1分程度です。上流側の高圧タンクに空気を充填する、また下流側の真空タンクの空気を抜くのにかかる時間は2時間程度です。1日に最大で3回の試験が可能です。

実際のサイズではなく縮小サイズの場合、流速にはどのような影響がありますか?データの変換、補正など。(水の場合、縮小では大きく変化するということを聞いたことがあるので) (Aさん・男性・?歳)

空気や水のような「流体」の運動では、「粘性」という性質が重要な役割を果たします。この粘性の影響の度合いを表したのが「レイノルズ数」と呼ばれる無次元数です。レイノルズ数は流速や物体の大きさに比例しますので、同じ流速で模型を縮小するとレイノルズ数が変わってしまい、流体の運動(=流れ)が再現できず、流れの様子が変わってしまいます。流速への影響、大きく変化というのは、模型まわりの局所的な流速が模型の大小で大きく変わるということかと思います。
縮小模型で同じ流れを再現する、すなわちレイノルズ数を一致させるためには、流速を上げる必要があります。また、レイノルズ数は粘度(粘性係数)には反比例するため、空気よりも粘度が1桁小さい水の中で試験を行うとレイノルズ数を高くすることができます。
お話しの中でも述べましたが、航空機の風洞試験を行う場合は縮小模型を用いるものの、流速を上げてレイノルズ数を一致させることが困難なので、実際の飛行条件とは異なる状態で風洞試験を行うことになります。そこで航空機開発に関わる研究者は、風洞試験のデータを適切に補正し、実機の飛行条件での空気力学的な特性を精度良く推測するための研究を昔から行ってきており、今でも続けています。

どんなところから風洞実験の依頼をうけますか? (Sさん・男性・49歳)

遷音速風洞(音速に近い流れを再現する風洞)よりも速い流れの風洞は、殆どが航空機や宇宙機(ロケット、再突入カプセル)の研究開発に使用されます。一方、低速風洞(風速が概ね60m/s以下)ではいろいろな分野の試験が行われています。
航空宇宙分野以外ですと、風車、屋外アンテナ、電線など。最近ではスポーツ関係(リュージュ)や自転車の試験も行いました。

風洞を改築・増築する予定はありませんか?古くなってきているのでは…。予算出ないんですか? (Tさん・男性・46歳)

JAXA調布の風洞のうち主要なものは1960年代に整備されたものなので、ご指摘の通り古く、老朽化による問題がたくさん出てきています。新しく風洞を整備するのは時間もお金もたくさん必要なので、現状では老朽化した部分を小刻みに修理しながら使用している状況です。定期的に大規模な改修も行っていて、予算をいただく際には「あと20年程度は運用します」と説明しています。
航空機・宇宙機の開発における風洞の役割ですが、スーパーコンピュータによる解析技術が向上して、設計に必要な多くのデータを解析で求める時代になってきている現在、昔とは変わりつつあります。20年後の世界では風洞はすでに必要なくなっているかもしれませんし、あるいは風洞に求められる試験の様子が変わっているかもしれません。もしも新しい風洞を整備するのであれば、どのような風洞が必要なのかの議論も今行っているところです。

大気圏の汚染は心配ないのですか?(Kさん・女性・60歳)

人類が足を踏み入れる以上、汚染の問題は避けて通れないと思います。私たちの生活に直接影響を及ぼすような大気圏の汚染は主に地上の活動によるものですが、ロケットの打ち上げなどでも燃料によっては汚染の原因になります。また、宇宙でも「スペース・デブリ(宇宙ゴミ)」という問題は存在します。役割を終えたり故障したりした衛星、運用上放出された部品、あるいは爆発により発生した破片などの多くの人工物が地球の周回軌道を回っています。ただ、デブリの問題は環境汚染というよりは、他の宇宙での活動への悪影響という視点で捉えられています。デブリが宇宙ステーションや衛星に衝突すると大変な被害をもたらすことになるので、この問題を解決するための研究も行われています。

極超音速風洞で測定できる例は?宇宙船?(実現?研究してるの?)ロケット、戦闘機くらい?いん石とか? (Jさん・男性・46歳)

現在、極超音速風洞で研究開発試験を行っているものは、極超音速輸送機や宇宙(主に宇宙ステーション)から物資を持ち帰るためのカプセルなどです。防衛装備庁の機体は最速でもマッハ1.5程度なので、超音速風洞や遷音速風洞を使っています。極超音速輸送機は、コンコルドのような超音速機よりも更に先の技術として実現可能性を研究しているもので、JAXAではマッハ5で飛行する機体の概念を検討しています。

(1)実験を計画する際に気をつけていることはありますか? (2)風洞を使った実験の結果、これは実際のロケットに役立った、など、達成感を感じたことはありますか。 (Mさん・女性・23歳)

(1)JAXA調布の風洞は大型試験設備なので、試験にはたくさんの労力とお金がかかります。なので、なるべく短い期間にできるだけたくさんのデータを取得できるように工夫しています。そのために、風洞試験そのものだけではなく、模型の設計製作や試験準備などにも十分な時間を費やします。
(2)風洞試験が直接研究開発の成果に繋がったことを実感する機会は正直少ないです。特にきわめて複雑なシステムであるロケットなどでは、安全確実に衛星を宇宙に届けるための小さな一つの要素でしかありません。とは言え、欠くことのできない要素の一つであるとも言えます。JAXAの航空技術部門が開発を行ってきた実験機などでは、CFD解析では分からなかった不安定現象を風洞試験で見つけて、それが飛行試験の成功に繋がったというような事例はあり、その時には達成感がありました。

宇宙エレベーターの構想がありますが、空気加熱の現象はあるのですか?(?さん・?・?歳)

宇宙エレベーターの構想をあまりよくは知りませんが、普通に考えると昇降機はチューブの中を通ることになるのではないでしょうか。そうなればチューブの中を低圧にすることで加熱の問題は回避できると思います。また、もしも外気にさらされるようなものだったとしても、人が乗ることを前提とすれば、大きな加速度はかけられませんので昇降速度は自ずと制限され、空力加熱現象が問題となることはないと推測します。

(1)風洞の騒音・振動対策について教えてください。 (2)風洞で、機体の安定を調べるために、わざとカルマン渦を発生させることはできますか? (Tさん・男性・54歳)

(1)風洞が設備として外(環境)に対して及ぼす騒音や振動は、強固な基礎を作るとか、騒音は建物や防音壁で遮蔽する、あるいは広い敷地の中に整備するなどで対策しています。一方、風洞試験の対象となる模型に対する騒音や振動については、送風機の騒音を小さくする工夫をしたり、風洞の風路の中の反響を抑えるために吸音材を貼り付けたりして騒音を抑え、振動についても模型を支持するための装置に振動を吸収する仕組みを持たせるなどして対策しています。
(2)流れの中に模型を置くと、多くの場合局所的に渦が発生して、その渦が下流側に流れていく際に不安定現象を生じます。カルマン渦は円柱の後流で周期的に左右(上下)交互に渦が発生する現象で、その典型例です。風洞で機体の安定性を調べることは多く、不安定の原因がカルマン渦である場合を考えれば、「わざとカルマン渦を発生させている」と考えることもできます。より積極的に安定性を評価する場合は、風洞の気流に周期的な乱れ(突風成分)を与えたり、模型を強制的に振動させたりして試験をする場合もあります。

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