プラネタリウム

第112回 宇宙望遠鏡の進化・成果とそれを支えた光学・材料・極低温技術
:ガリレオ・ガリレイから赤外線天文衛星「あかり」、JWSTまで。

令和4年度プラネタリウム秋の季節の番組「宇宙を探る新たな目 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」に合わせて、赤外線観測の概要や宇宙望遠鏡の進化・成果についてお話頂きました。

(講師からのメッセージ)
2021年12月25日にJWST(米国/NASA)が 打ち上げられ、既にその科学成果が続々と出ています。宇宙空間に打ち上げた望遠鏡(宇宙望遠鏡)は、望遠鏡の大敵である大気の悪影響から完全に逃れられます。現代の宇宙望遠鏡の開発は、多くの挑戦的な先端技術によって支えられています。しかし、ガリレオの時代の素朴な望遠鏡から最先端の望遠鏡まで、その開発には共通する基礎があり、技術的ブレークスルーの起き方にも傾向があります。それらを含めて、講演では宇宙望遠鏡の進化と成果について、私の研究を交えてお話しします。

概要

日時

令和4年12月24日(土曜日)午後7時~午後8時30分

講師

塩谷 圭吾(えんや・けいご)氏
JAXA 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 准教授

講演プログラム(当日配布したレジュメより)

  1. 赤外線天文衛星「あかり」
    :なぜ赤外線?、なぜ極低温?、なぜ宇宙から観測?
  2. 望遠鏡の進化
    :ガリレオからJWSTまで。ブレークスルーの共通項
  3. 現代の宇宙望遠鏡とその科学成果

質疑応答

聴講者からの質問と講師回答

JWSTが宇宙塵の爆撃で運用に変更が出ていると聞きましたが、予想以上だったということでしょうか?JWSTの外観をみたとき、ぜんぜん防御の形をしていないように思えました。ハッブルのような鏡筒+フタは必要だったのでは?(?さん・?性・?代)

 その通り、JWSTの外観を見ると、そう思われるのはもっともだと思います。デブリの被害が予想以上だったかどうかについては、推測ですが、予想以上だったのだろうと思います。
 デブリを避けるという意味では、ご指摘のとおり、ハッブルのような構造の方が確かに有利だと思います(そのほか、鏡筒があった方が迷光対策という意味でも望ましいと思います)。いっぽう宇宙機を設計する際に考慮する多くのことは、トレードオフ(あちらを立てればこちらが立たない)の関係にあります。デブリに対する方針もその一つで、間違いなく検討されています。そして打上げ可能な重量やサイズが限られている中で、JWSTのような折り畳み・展開構造の大型望遠鏡を実現するためには、鏡筒等はナシにして多少のリスクは受け入れるという判断がなされたと考えます。
(注)JWST…ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope)。2021年12月に打ちあげられた、NASAを中心として開発・運用中の赤外線観測用宇宙望遠鏡。

宇宙望遠鏡を宇宙に打ちあげた後、デブリがぶつかることを回避するのはどのように運用していますか? (Yさん・男性・48歳)

 まず、デブリのうち個別に識別されている比較的大きなものが宇宙望遠鏡に近づくことが分かっている場合には、宇宙望遠鏡の軌道を変えて回避することが対策のひとつとなります。他方、個体として識別されていない(無名の)デブリに対しては、当たるまで認識できないので可能な対策は限られていますが、望遠鏡を進行方向に向けないという対策がとられることがあります。例えばJWSTでは実際にそのように運用されています。
 また、デブリは大きなダメージを与えるものは少なく、軽微なものは多い傾向にあります。そのため設計段階でデブリの影響を確率的に考慮しておいて、多少のことでは衛星が全損にならないよう開発します。その上で、極めて稀にしか起きない甚大な被害が生じた場合にはあきらめて受け入れる、というのが現実的な対策です。

望遠鏡、顕微鏡を宇宙環境で使用することを、どのように予測しテストして確信を持つことができてますか? (Yさん・男性・48歳)

 確かに、宇宙機が宇宙環境で正しく機能することを保証することは、衛星や宇宙機器開発においてまさに重要な課題になっています。何しろトラブルがあっても通常は修理に行くことが非常に困難ですから(ハッブル望遠鏡では有人修理を行いましたが…)。具体的にどうやっているかについて、以下に主な項目を挙げて回答いたします(順不同)。

①打上げ時の振動に耐えること
…機器全体や衛星・探査機全体を振動試験機に載せてテスト可能。

②真空
…機器全体や衛星・探査機全体を熱真空チャンバーに入れてテスト可能。

③温度
…機器全体や衛星・探査機全体を熱真空チャンバーに入れてテスト可能。ただし温度環境は完全には模擬できない場合もあるので、設計・計算を併用して保証する場合もあります。

④放射線
…部品や材料、あるいは機器のモジュールなどを対象に、比較的小規模な試験を行うのが一般的。

⑤重力(無重力あるいは地球と異なる他の惑星の重力)
…地上試験では基本的に模擬できません。

 以上のうち重力については、問題にならない機器も多くあります。しかし特に大型の宇宙望遠鏡では、鏡面形状の精度要求が厳しいため、一般に重力の影響を無視できません。そのような場合、地上試験の結果と設計・計算を組み合わせて、無重力環境での性能を保証しています。

最近、サブミリ波が天文の研究に使用され得るという話題に触れました。減衰が大きいので、地球上では通信に不向きだという記述もあったのですが、エネルギー的に強くても減衰しやすい電波であるサブミリ波がどうして天文の研究の使用に耐え得るのか不思議です。何故でしょうか? (Nさん・女性・?代)

 その通り、サブミリ波は大気中でかなり減衰します。それでも宇宙からのサブミリ波が完全には減衰し切らず、ある程度は地上に届くことも事実です。実用向けでしたらメリットのないものは使わなければ良いだけですが、科学観測では異なる波長で観測することが重要です(例えば、講演では可視光波長域と赤外線での観測を比較してお話ししました)。したがって、「ある程度」でも地上に届く宇宙からのサブミリ波を頑張って観測することには、大いに意義がある訳です。
 サブミリ波は大気中の水蒸気によって大きく減衰します。そのため大気中の水蒸気の影響が小さい観測サイトを選ぶことが有益です。サブミリ波天文学の代表的な大型計画としては、例えば南米のアタカマ砂漠(アンデス山脈中、標高約5000m)に望遠鏡群が建設されたALMAが挙げられます。そのほか富士山頂や南極もサブミリ波観測のサイトとなっています。これらのサイトはいずれも、大気中の水蒸気を考慮して選ばれています。

極低温での材料作製では低温脆性の問題は出てこないものなのでしょうか(話題に出てこなかったので解決済みなのかも、あるいは本当に問題がないのかもしれないけど)?(Nさん・女性・?代)

 その通り、低温脆性は問題になります。そのため「あかり」のような極低温のシステムを開発する際には、低温脆性を考慮することは必須です。どう考慮するかというと、方針は単純で、低温脆性を起こす材料を使わず、起こさない材料を使うのが基本です。

宇宙望遠鏡の耐用年数はどの程度で、どのような条件によって決まるのでしょうか?(M.Nさん・男性・63歳)

 まず「あかり」の場合について回答します。「あかり」は液体ヘリウムという非常に冷たい物質と機械式冷凍機を搭載して、それらを使って望遠鏡を冷却しました。その冷却用の液体ヘリウムを使い切った時点で、運用の節目を迎えました。液体ヘリウムは時間とともに減る消耗材ですので、使い切ったらそれまでです。
 「あかり」以外の望遠鏡衛星でも、液体ヘリウム等の消耗材を冷却に用いる例はあります。それらの衛星では消耗材を使い切ることで、最高性能での運用は終了となります。より具体的には、2006年2月に打ち上げられた「あかり」の液体ヘリウムは、2007年8月に尽きました。それ以降は機械式冷凍機のみに頼った冷却で可能な観測を続けまた。「あかり」の機械式冷凍機は設計寿命を大きく越えて機能しましたが、その後に電力異常も発生し、2011 年11月に停波・運用終了となりました。
 ここから先は一般論になりますが、液体ヘリウムのような冷却用の消耗材を用いない宇宙望遠鏡では、耐用年数を決めている要因は様々です。望遠鏡そのものではないのですが、衛星の姿勢制御系がへたって寿命を迎えることは比較的よくあります。設計・制作する立場で言いますと、多くの場合、機械的に動く部分は故障しやすく注意を要します。いっぽう鏡や光学素子のような、高度な技術であっても一旦できたら動く要素がない部分は、耐用年数の制約要因にはなりにくいと思います。

「あかり」の5Kは、5Kの場所に飛ばしたのですか?それとも5Kになるようにしているのでしょうか?なぜ5Kなのでしょうか?4K、6K ではダメな理由も教えてください。(H.Mさん・男性・48歳)

 「あかり」望遠鏡は5Kになるようにしています。5K でなくても4Kでも6Kでもダメではなく、問題なく運用できます。
 少し補足しますと、5Kという極低温に冷やす理由は、講演でお話しししましたように、赤外線バックグラウンド(ノイズ)を劇的に低減するためです。その効果は、4Kでも6Kでもそれほど変わりません。したがって 4Kの望遠鏡でも6Kの望遠鏡でも、5Kの望遠鏡とほぼ同様に観測できます。
(注)K…ケルビン(kelvin):絶対温度(熱力学温度)の単位。絶対温度0ケルビン(K)は摂氏-273.15(℃)。5Kは-268.15℃(4Kは-269.15 ℃、6Kは-267.15℃)。

SiCはエネルギー材料としても活躍していて、ひっぱりだこですが、宇宙の鏡としても使われているのですね。知らなかったです。均一性、反射と考えるとジルコニアなど酸化物の方が有利と考えますが、やはり宇宙では熱膨張などの方が気になる分析項目なのでしょうか?( Hさん・女性・40代)

 宇宙望遠鏡の鏡材は、さまざまな要因を考慮して決まっています。まず何より表面を平滑にできること、つまりミクロな起伏(粗さ)を小さくできることは、鏡として使うために必須の特性です。そのほか大型化できることや、くり抜き等の加工性も重要です。熱膨張については、どのような目的の望遠鏡を作るかによって、熱膨張率そのものを小さくした場合や、熱膨張率はあっても良いのでそのムラを小さくしたい場合などがあります。もちろん費用も問題になります。これらのことを総合的に考慮して、鏡材の選定を行っています。
 ご参考までに、鏡材自体の反射率は高くなくてもOKです(どのみちアルミや銀、金などのコーティングを施した上で鏡面として用いるため)。
(注)SiC…シリコンカーバイト(silicon carbide):炭化ケイ素。セラミックスの一種。

地球外生命の可能性を考えると、太陽と地球との位置関係に近い状況があると可能性が高いのではと想像します。今までにそのような発見はあるのでしょうか?(Y.Fさん・男性・45歳)

 太陽と地球の位置関係というのは、まさにその通りです。少し解説しますと、生命を探すなら、水が液体で存在できる惑星が有望と考えられています。もし惑星が主星に近すぎると水は蒸発しますし、遠すぎると凍ってしまいます。地球は太陽から遠すぎず近すぎず、大量の水が液体で存在できます。このような距離の領域は、ハビタブルゾーンと呼ばれています。主星からハビタブルゾーンまでの距離は一定ではなく、星によって異なります。
 ハビタブルゾーン内にある系外惑星は、すでに発見されています。他方、それらの詳しい成分分析、特に生命兆候を探ることは未だなされていません。さらにご興味がありましたら、「ハビタブルゾーン、系外惑星」あたりの語でインターネット検索されると楽しいと思います。

ナンシーグレースローマン宇宙望遠鏡の鏡材はSiCでしょうか?(Hさん・男性・60代)

 まずご質問への回答そのものを述べますと、ナンシーグレースローマン望遠鏡では、鏡材には低膨張ガラスを使っています。
 次にその背景について少し解説したいと思います。この望遠鏡では極限的な安定性が求められるため、温度変化に対してできる限り膨張収縮しにくい材料が求められます。その口径は 2.4 m で、JWST よりずっと小さく、ハッブルと同程度です。そのためハッブルと同じように、ガラス鏡を用いた設計が成立します。以上のことから、ナンシーグレースローマン望遠鏡では低膨張ガラスが適した材料となっています。
(注)ナンシーグレースローマン望遠鏡…ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡。2020年代半ばの打ち上げを目指しNASAが開発をすすめる計画。
https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/developing/roman.html

C/SiCはすばらしい特性ですが、プラスチックが入ると長期の光によってダメージがないんでしょうか?(Hさん・男性・60代)

 すみません、講演中の説明が分かりにくかったかもしれません。あらためて述べますと、C/SiC(炭素繊維強化シリコンカーバイド)の組成は、SiC(セラミックス)のなかにC(炭素繊維)が散りばめられたもので、プラスチックは入っていません。
 これだけでは素っ気ないですので、関連事項を解説してみます。同じ複合材料でも、プラスチックが入っているのは、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)です。CFRPは講演でもお話ししましたように、テニスのラケットや釣り竿、航空機などに広く使われています。ご質問いただきました通り、一般論として、プラスチックは光によって劣化することがあり得ます。そのため考えられる対策としては、CFRPを使用する場合には、光が当たらない場所で使う、遮光目的で塗装する、劣化しにくいプラスチックを利用する、劣化による寿命を考慮して利用する、などが挙げられます。
(注)C/SiC…炭素繊維強化炭化ケイ素。複合材料のひとつ。

ハニカム鏡は、研磨前に穴を掘ると思いますが、研磨の時は何をつめるのでしょうか?つめないまま研磨すると魔境のように支えがない所とある所で形が歪むはずだと思うのですが…。( Hさん・男性・60代)

 まず確認ですが、鏡面側の研磨が後で、その裏面のくり抜きが先、というご理解はその通り正しいです。そして、そのまま研磨すると支えがない場所は研磨圧で、多かれ少なかれ歪みます。このことも正しく理解されていると思います。
 次に実際の研磨ではこの問題にどう対応しているか、についてですが、何かを詰めることは普通は行いません。対策としては、その代わりに、低い研磨圧で研磨する、くり抜きの間隔を狭くする、歪んでも許容誤差内に収まるよう設計する、追加研磨で補正する、歪みを予測して相殺するよう研磨する、などが挙げられます。
 原理的には何かを詰める方式も正しいと思います。あとは実際にどの方式を選ぶかは、費用や所要時間、リスクなどを考慮した上で、どうするのが一番お得か(有利か)かで決まります。

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