プラネタリウム
第119回 宇宙の広さを測る挑戦と天の川銀河探究
~宇宙の距離はしごを支える位置天文観測、そしてJASMINE(ジャスミン)へ~
星までの距離はどのように測るのか、位置天文観測の研究者からお話をいただきました。
(講師からのメッセージ)
人類は広大な宇宙の広さをどうやって知ることができたのでしょうか?人類が築きあげてきた"宇宙の距離はしご"とよばれる遠い天体の距離を測定する手段と、その"はしご"を支える位置天文観測について概説します。また、天の川銀河の歴史やダークマター・ブラックホールの探究も行う日本の赤外線位置天文観測衛星計画であるJASMINEについて説明します。
概要
日時
令和6年6月29日(土曜日)午後7時~午後8時30分
講師
郷田 直輝(ごうだ・なおてる)氏
国立天文台 JASMINEプロジェクト 教授・プロジェクト長
講演プログラム(当日配布したレジュメより)
- はじめに 宇宙はどれぐらい広いの? 宇宙の階層構造
- どうやって宇宙の広さが分かってきたの? 宇宙の距離はしご!!
- 宇宙の距離はしごの"土台":位置天文観測とは?位置天文観測とその意義、歴史、現状
- 赤外線位置天文観測衛星JASMINEによる天の川銀河探究
- おわりに
質疑応答
聴講者からの質問と講師回答
- 「距離はしご」は日本語で五七五にしやすいなと思いましたが、英語訳ですか?(Hさん、40代・女性・地球人)
講演でご説明したような伝統的な天体の距離測定法につけられた名称で、英語では、cosmic distance ladderといいます。最初に誰がこういう用語を使ったかは分かりませんが、宇宙の距離はしごは、おそらく英訳だと思います。
- なぜせいざはじゅうよりも早いそくどでかわっているのにあまり気づかないのはなぜですか?(Kさん、8歳・子ども・女性・地球人)
講演でお話ししたように、どの星も弾丸よりかなり速い速度で動いていますが、星があまりにも遠くにあるために、天球面(夜空)上で星が動いていることに気づくことができないのです。例えば、新幹線とか速い車に乗っていて窓から外の景色を眺めると近くにある建物は速く後ろに遠ざかっていきますが、遠くにある建物や山はゆっくり動いて見えると思います。それと同じ理由で、逆に私たちが止まっていて、近くの物と遠くの物が同じ速さで動いていても見かけ上、遠くの物の方がゆっくりと動いているように見えるのです。星は非常に遠くにあり、夜空ではごくわずかしか動かないので、その動きに気づきませんし、星座の形はいつも同じように見えていますが、実は時々刻々、徐々に変化していて、何万年とか時間が経つと星座の形もかなり変わってしまいます。
- JASMINEは赤外より長い波長にしないのはどうしてですか?(Hさん、40代・女性・地球人)
星の表面からは、可視光(つまり我々が目で見えている光)か、赤外線のなかでも可視光に近くて波長が短めの近赤外線をたくさん放射しています。なので、星の動きを観測したい場合は、可視光か近赤外線が適しています。近赤外線より長い波長の赤外線は、星自体ではなくて、星の間にある塵からたくさん放射されているので星の動きの観測には適してはいません。赤外線よりもっと波長が長い電波は、温度が低いガス等からたくさん放射されているので、電波も星自体の動きを測定するのには向いてはいません。ただ、星を取り囲むガスからのある種の電波を測定して星までの年周視差を測定して距離を求めることはできますが、観測できる個数は比較的少数に限られています。
- JASMINEの鏡の大きさを36cmとしたのはどういう理由ですか?大きい鏡ならより多くの光を取り込めて、詳しい観測ができるかと思いますが…。(Nさん、65歳・男性)
おっしゃるように鏡の大きさを大きくすればするほど、集光力が増し、さらに空間分解能もよくなるので、より暗い星をより高い精度で測定出来て天文観測にとっては鏡がなるべく大きい方がいいです。ただ、衛星に望遠鏡を搭載する場合、ロケットの打ち上げ能力による重量制限、搭載できる容積制限、そしてコスト(鏡が大きくなると望遠鏡自体も大きくなり、コストがかなり上がります)といった制限があるため、いくらでも大きくすることはできません。なので、これらの制限を考慮した上で、目標精度を達成できる鏡のサイズということで検討した結果が36cmという値です。
- JASMINEについて、HgCdTeではなくInGaAsなのは冷却のためですか?(Hさん、60代・男性)
JASMINEは、カメラの運用温度は、暗電流を小さくするために、絶対温度で173K(摂氏マイナス100度)以下にしますが、どちらのセンサーも適応可能ですし、冷却が理由ではありません。InGaAsを選んだ一番の理由は国産で出来ることで情報が入手しやすいこと、あとコストのこともあります。一方、HgCdTeは天文観測のための宇宙機搭載用は米国企業のものだけで、情報入手に制限があったりします。センサーとしての性能は基本的にはどちらも同じです。ただ、感度がある波長域を変更するのはHgCdTeの方が容易です。しかし、最近は、HgCdTeは、環境問題から取扱が厳しくなっているようです。
- JASMINEについて、1.2~1.6μmですとKバンドがカバーできませんが、デメリットはありませんか?(Hさん、60代・男性)
波長がより長いKバンドの方が、銀河系中心での星間塵による影響を受けにくくなり透過性がいいので、天体観測としては有利です。一方、Kバンドにするとカメラの運用を80K(摂氏マイナス193度)程度以下とかJASMINEのバンドに比べてもっと低温で運用しないといけません。JASMINEは、イプシロンSロケットでの打ち上げという制限がありますので、軌道は地球を離れた遠方にはいけずに、地球周回となります。そうすると 80Kまで冷却するためには、冷凍機を搭載しないといけませんが、冷凍機による振動擾乱が星像の位置決定へ大きなノイズ源となり、好ましくありません。また、宇宙機搭載用の冷凍機は高価です。そこで冷凍機を搭載せずに冷却(放射冷却+ペルチェ素子による冷却)が可能な温度で暗電流が十分小さいということでJASMINEのバンドが選ばれています。なお、JASMINEの科学目標を達成する上ではKバンドでなくて、JASMINEのバンドでも十分です。
- JASMINEについて、InGaAsでもKバンドをカバーできるのもありますがQEが低いため選択しなかったのですか?(Hさん、60代・男性)
InGaAsでKバンド(2.1μmなど)が利用できる市販のものはあるそうですが、画素数が小さく、視野面積を増やし広くサーベイ観測を行いたい天文観測に向いているものはまだありません。JASMINEに搭載するために開発中のものは、2k×2kという大画素数のもので、これは国内初となります。
- JASMINEについて、観測限界等級はどのくらいですか?(Hさん、60代・男性)
観測限界といったときにその定義によると思いますが、星像として検出できるという意味での限界等級の場合は、JASMINEの観測バンド(1.0~1.6μmのHwバンド)で17、18等級程度です。しかし、地上へ降ろすことができる観測データは通信量の制限から、高頻度で降ろすのは、明るさが14.5等級以下の星に限っています(科学目標達成のために最低限必要な星の個数を満たす条件から決めています)。なので、高頻度(約12.5秒ごと)で取得できる星の等級の上限という意味では14.5等級になります。ちなみに低頻度(数百秒ごと)では、全画素の情報を地上に降ろすので17、18等級の星まで取得できます。
- JASMINEについて、系外惑星の何を検出しますか?OH?(Hさん、60代・男性)
JASMINEは、分光観測は行わずに測光観測に限られますので、系外惑星探査はトランジット観測の手段をとります。つまり、恒星の周りを公転する惑星が、恒星の前を通過するときに、惑星によって恒星の光が若干暗くなる、その特徴を検出して惑星を見つけだします。こうやってJASMINEで生命居住可能領域にある地球に似た惑星がみつかった場合は、JWSTや他の分光観測を行う望遠鏡にバトンタッチして、海洋や生命の痕跡を示す成分を探査してもらうことになります。
- JASMINEについて、星の黒点はどのくらいの大きさなら検出可能ですか?(Hさん、60代・男性)
JASMINEは主鏡口径が36cm程度ですので、空間分機能は1秒角程度しかなく、黒点そのものを直接検出することはできません。一方、JASMINEは、星像の(明るさの)中心を高精度で測定しますが、もし黒点があり、その影響を受けると、観測データから求めた明るさの中心が本当の星像中心からずれてしまいます。しかしながらJASMINEの科学目標の対象である天の川銀河の中心領域にある星(特に赤色巨星)に対しては、その黒点からの影響は小さいと評価しています。一方、比較的近く(太陽系から数kpc以内)の赤色巨星に対しては黒点とその動きが無視はできなくなります。それを逆手にとって、黒点のサイズや動きをモデル化することにより観測データを解析すると黒点の特徴を探究することが可能になるかもしれません。
- JASMINEでの、生データの公開はどのタイミングですか(たとえばすばる望遠鏡は1.5年、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は内容による)?(Hさん、60代・男性)
低頻度で取得した全画素データに関しては、その生データもしくはそれを一次処理したデータは、なるべく迅速に世界の研究者コミュニティに公開する予定で、プロジェクトで何ヶ月以上とかの保有はしません。一方、目標である年周視差や固有運動の情報に関しては、データカタログとして作成し、完成(3年間程度の観測運用終了後、5年程度の解析が必要)と同時に世界に公開します。その後、準備が整い次第、年周視差や固有運動の解析に用いた全ての観測データ(高頻度で取得した星の天球面上での位置に関する時系列データ)も世界に公開します。この最終的なカタログを公開する前にも途中で何段階かにわけてそのときに得られている精度で得られた中間カタログを公開していきます。早めに研究者コミュニティに公開し、早めに科学成果をあげてもらうとともに突発天体への対応などのために迅速性を確保します。また、データの信頼度や透明性を高めます。
- ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡やナンシーグレースローマン望遠鏡などは、marcsecのオーダーですが、25μarcsecを実現できているのはキーとなる技術は何でしょうか?地上ならアダプティプやスペックルなど改善方法がありますが…。(Hさん、60代・男性)
ヒッパルコス衛星もGaia衛星も同じですが、可視赤外線での位置天文観測では、空間分解能を高めて目標精度を達成しているわけではありません。実際、JASMINEは、空間分解能は1秒角程度なので、1回撮像したときの星像のサイズは、25μasより桁違いに大きくぼんやりしています。では、どうやって25μasの精度で測定ができるかといいますと、その大きな理由の1つは、同じ星からの光をなるべくたくさん蓄積し、統計誤差を小さくしていきます。星からくる1個の光子の位置は、星像の空間分解能程度の位置の不定性がありますが、我々はきれいない星像を求める必要性はなく、星像の明るさの中心さえ精度良くわかればいいのです。そこで、光子数が増加すれば、星像の中心位置推定の不定性は、光子数の1/2乗に逆比例して小さくなっていきます。JASMINEは3年分の光子を蓄積します。また、画像歪みなどの系統誤差に関しては、同じ星や星同士のペアを多重回、それも焦点面の異なった様々な場所で撮像していくことにミソがあります。このような多重回撮像によって、光学系や検出器による画像歪みをモデル化して解析し、画像歪みを推定して除去します。こうやって、3年間のデータをフルに活用して解析することにより、最終的に25μasの精度にまで至る工夫を行います。ただし、有限数の誤差もある観測データを用いての解析なので、どのような画像歪みのモデルも精度良く解くことができるわけではありません。なるべく、(時間変動を含む)画像歪みが“簡単”なモデルで記述できるように(複雑な関数形にならないように)、望遠鏡が非常に高い熱構造安定性を有することが肝要です。さらに、“きれいな”星像が得られるように、衛星の姿勢擾乱を小さくすることも重要です。
本講演には無かった内容の質問(先生より回答をいただきましたので、合わせて掲載いたします)
- 本日の内容からは外れますが、遠い銀河ほど早く遠ざかる訳ですが、天の川銀河とアンドロメダ銀河は近づいていると聞きます。なぜですか?(Kさん、62歳・男性)
宇宙の膨張は、宇宙全体の物質から作られる(平均密度で決まる)平均的な重力の効果なのですが、もし近くにもっと強い重力源があるとそこからの重力の効果の方が大きくなります。つまり、天の川銀河の比較的近くにアンドロメダ銀河があり、お互いの重力による引力の効果の方が、膨張の効果より大きいためお互いに近づいています。
- ブラックホールが衝突してきたら、何でも無くなってしまいそうなイメージがあるけど、ふきとぶだけなのはなぜなのでしょうか?(Uさん、16歳・学生・女性・地球人)
ブラックホールがあると、そこに何でも(光でさえ)吸い込まれるとよく言われているので、ブラックホールが近づくとどんな星も吸い込まれてしまうイメージをもっておられるかと思います。でも、それは一般的には違うのです。例えば、地球上空を宇宙ステーションや人工衛星が回っていますが、地球の重力で落ちてはきません。また月も地球を回っていますが地球の重力に引かれて地球にぶつかってきたりはしていません。つまり、重力があってもある程度以上の遠心力があれば、重力に抗して落ちてきません。また、運動速度が大きく運動エネルギーがある程度大きい場合も、重力によって軌道の方向は変化しますが、落ちてはきません。さて、星の集団に、質量が星よりずっと大きい巨大ブラックホールが突入してくると、星がもともともっている運動エネルギー等によって、ほとんどの星は軌道を曲げられるだけで巨大ブラックホールには落ち込みません。そして、多くの星が軌道を曲げられることによって巨大ブラックホールの動いている方向の反対方向に集まり、星の集団からの重力で巨大ブラックホールを減速させその運動エネルギーを減少させます。巨大ブラックホールが失ったエネルギーは、星の集団がもらい星の運動エネルギーが増え、星々は散らばっていくのです。また、2つの巨大ブラックホールが近づいてお互いの回りを回る連星ブラックホールになると、その連星系の位置エネルギーを周りの星に与えて星の運動エネルギーが増加するようなことも起こります。
- ブラックホールとは何ですか?うず巻きになっているのは、すいこまれている様に見えるのですが…。(Kさん、30代・大人)
ブラックホールは、アインシュタインの一般相対論という理論の産物として生まれました。非常にコンパクトで重力が強い天体があると、そのまわりの時空が歪み、光でさえもその天体から外へは出てこられないというものです。そのため、ブラックホール自体を光で直接見ることはできません。一方、ブラックホールが恒星と連星(お互いの周りを回っている)をなしている場合、その恒星のガスがブッラクホールの強い重力に引かれて落ち込んでいくと、ブラックホールの周りに回転するガス円盤(降着円盤)を形成します。そのときにガスは、強い重力で落ち込んだために、大きな運動エネルギーをもち、高速度で回転しますが、その際にガスの“摩擦”によりガスは熱くなり、X線のような高エネルギーの強い光を放射します。ガスが遠心力を失うとブラックホールに落ち込みますが、遠心力がある程度大きいと落ち込まずにブラックホールの周りを回転し続けます。このX線によってブラックホールが発見されてきました。一方、最近では、一般相対論的効果である重力レンズという現象によってもブラックホールが見つかるようになってきました。
- ダークマターって何ですか?(Tさん、60代・女性)
この宇宙には正体が分かっている物質だけでもいろいろな種類の物質が存在していますが、実は、まだその正体が知られていない物質がこの宇宙には存在することがいくつかの観測から分かってきました。私たちの身の回りにある、水素や酸素、鉄などのすべての元素は、“知られている普通の物質”で素粒子物理学の分野では、バリオンとよばれます。バリオンは、“光”を出したり、お馴染みの電気や磁気の力に反応したりするので、私たちはその存在を容易に知ることができます。一方、“光”も出さず、電気や磁気の力にも反応しない未知な物質が、この宇宙にはバリオンの約5倍も存在しています。この物質は、“光“を出さず、その姿が見えないので、ダークマター(暗黒物質)とよばれています。光らないのに、その存在が分かるのは、重力のおかげです。質量がある限り、どの物質も重力を及ぼします。したがって、ダークマターがあると重力が強くなり、ないときとくらべて、銀河が回転する速度や星、銀河の動く速度が強い重力の効果で速くなり、その存在が分かるのです。
また、ダークマターの重力のおかげで、銀河や銀河の集団で宇宙の大構造である、超銀河団も今までに形成されたと考えられています。しかし、ダークマターの正体はまだ不明です。いろいろな候補や説があり、さまざまな宇宙観測や素粒子実験からその正体を探っているところです。
- 国立天文台では見学できるのですか?(Sさん、70代・男性)
はい、見学可能です。国立天文台は本部がある三鷹キャンパスほか、いくつかのブランチがありますが、いずれも見学可能です。詳細は、国立天文台のホームページをご参照の上、是非お越し下さい。
https://www.nao.ac.jp/about-naoj/organization/facilities/
三鷹キャンパスでは、年末年始期間(12月28日~1月4日)を除く毎日が通常は見学可能で無料です。
https://www.nao.ac.jp/about-naoj/organization/facilities/mitaka/visit.html
また、年に1回(10月頃)、「三鷹・星と宇宙の日」という特別公開があります。